主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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今年も教区の司祭評議会の選出時期がやってきました。

司祭評議会は、司教様にとって顧問会と違った意味で頼りになる司祭集団です。司祭の中から司祭によって選ばれ、2年間、教区のあらゆることについて、司教様に知恵をもたらし、教区司牧の小さなシンクタンクとしての役割を果たして行きます。

教会法上、教区のすべては司教様に委ねられています。それだけに、その司教職を支える司祭やそれぞれの組織の指導者は、司教様にとって大切な知恵袋であり手足になってくるわけです。司祭評議会も頼りになる小さな集団だと思います。

東京教区には、千葉県と東京都にまたがって67あまりの教会があります。(教会と言っても、いろんな形がありますので、概数としておきましょう。)千葉県に15、東京都に52、計67教会です。ご存知のように、67教会の中には、修道会や宣教会に司牧が委ねられている教会がかなりあります。司祭の数は、教区司祭が68名、修道会司祭、宣教会司祭が合わせて55名、計123名ということになります。

修道会、宣教会と教区の司祭の違いの説明はややこしくなりますので、いつかまた改めていたします。とにかく、教会をたくさん作ることが、教会の発展のバロメーターと思われた時代が長く続きましたので、今になって「しまった」とか「困った」なんて言えません。出来た子どものようなものですから、3を2で割るようなことはできないのです。それぞれ、地域色を持った素晴らしい信徒の集まりです。

話を司祭評議会に戻しましょう。司祭が月に一回、司教様がいらっしゃる関口に集まって、司教様のお話を聞いたり、励ましのお言葉をいただいたり、仲間同士の忌憚のない情報交換を行う場である司祭月例集会(昔は月例修会と言っていたらしい)が、コロナ禍のせいで開けなくなり、楽しい司祭評議会選挙ができなくなりました。大変です。事務局の苦労は並々ならぬものがあります。選挙をしようにも、コロナのために集まれないのだから仕方ありません。

結局、一昨年の司祭集会で話が出て、そうするしかないかなーと囁かれていた、郵送を使う方法が採用されました。郵送された書類には、正確な司祭名簿、それも、教区司祭と修道会・宣教会司祭の名簿、それに、投票用紙が入っていました。完璧です。私は、返事は早い方が良いと思いましたので、その日のうちに返信しておきました。

司祭評議会の任期は、1月1日から次年の12月31日になっていますから、1月の司祭評議会は、新しく選ばれたメンバーでスタートすることになります。この新しいメンバーのほかに、常任委員として、司教総代理、司教代理、それに事務局長ら二人、さらに、地域のバランスをとるために、司教様が特別に任命する何人かが加わります。東京教区で働く司祭120余名の代表として申し分ありません。

他の教区は知りませんが、東京教区では、司祭評の議事録を司祭通信やメールで司祭たちが知るようになっています。事務局は大変でしょうが、東京教区で働く司祭は、かなり詳しいことを知るチャンスが与えられています。

この3年間は、毎年大変なことがあって、大司教様のエネルギーを大幅に消耗させ、関わった係の司祭たちも大変だったと思います。こんなことは近年なかったことです。司祭たちは、議事録を読んで大司教様の考えを察することができます。評議会の中で、司教様から問いかけられ、それに応える司祭たちも真剣そのもので、頼りになるブレーンだなと思って読んでいました。

コロナ禍は、数字の上では収束の方向に向かっているような感じですが、新聞などで見る感染の数字からすると、外国では何十万という感染者を出し続けているようで、心配です。司教様が国の方針に従って教会の感染予防方針を立てられたのは、賢明だったと思います。

ミサが再開されて、聖堂は、ほぼ以前のように信徒でいっぱいになりました。どうなるのかなと思っていたので、驚くとともに、喜びで胸がいっぱいになりました。でもよく見ると、高齢の方々や小中高生は来ていません。そして、健康に気を使っている方々もいらっしゃいませんでした。ちょっぴり寂しい感じでしたが、ともかく、席が埋まっている感じで幾分ホッとしました。きちんとコロナ収束宣言が出るまでは、大司教様の「うつさない、うつされない」教会でいくしかありません。用心、用心。

以前に、この司祭短信で報告しましたが、大きな姿見が完成まであと一歩になりました。「来年は、教会のバザーで、この姿見の前に行列ができるのが楽しみね。」という話で盛り上がりました。みんなの頭の中では、教会が人でいっぱいになっている様子が見えているようでした。高齢の方々や子どもたちが来ないことには、何もかも始まりません。

西川神父絵