主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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「手術をしていただくために来たんでしょ」という声に励まされて、朱先生の前の丸椅子に座りました。「まさに、まな板の鯉」です。そして、手術を受けるものとして、係りの方の前の椅子に座りました。約一ヶ月の入院についての、いろいろなことを訊かれ、返事をして行きました。そして、最後に出されたのが、髭剃りです。「手術前にヒゲを剃ってきてください。」「えっ、このヒゲですか?」「そうです。そのヒゲです」「ちょっと待ってください。膝の関節の手術とあごひげにどういう関係があるんでしょうか。」「切らないとおっしゃるのですか。手術の条件になっているんですよ。」というやりとりがあって、係りの方は、受話器を取り、麻酔部長に電話を入ました。すると、間も無く、返事がありました。それは、こちらからも聞こえるくらいの大きな声で「手術をするか、ひげを選ぶかどちらかにしなさいと言ってください」というものでした。別に盗み聞きしたわけではなく、こちらの耳に十分聞こえるような声だったのです。私は、自分が勝手な要求をしていることに気づきました。そして、「わかりました。剃ってきます」と答え、準備の書き入れは完成しました。

後で聞いた話によると、全身麻酔の大きな手術になると、ヒゲから口に黴菌が侵入して、思わぬ悪影響をもたらすことがあるそうです。それで、やっと納得した次第です。

翌日、時々行く散髪屋さんに行き、「ヒゲ剃ってください」と言いました。どのヒゲですかと聞かれ、「伸ばしているあごひげを全部切ってください」といいました。「切るんですか。ヒゲをなくしちゃうんですか、全部?」「そうです。全部。」何とも言えない時間が10秒ほど流れて、「ハイわかりました」と言って、ハサミを電気バリカンに持ち直して2〜3分くらい経ったでしょうか、あっという間に、つるんとしたアゴが出てきました。40年近くの時が、一瞬にして消え去って行ったのです。

15日に入院して翌日、16日の午前10時すぎ、エレベターで手術室に運ばれ、さほど待つ間もなく麻酔が打たれ、意識がなくなりました。病室に戻ったのは午後1時をまわっていたような気がしますから、3時間は経っていたと思います。(正確なことはわかりません。)左足はがんじがらめになっていて動きがとれません。お昼ご飯のことは記憶にありませんが、夕食から、食事が出ました。お腹ペコペコだったので、ガツガツときれいに平らげました。

それから約一ヶ月、食事はいつもきれいに平らげました。美味しいこと、美味しいこと、文句のつけようがありませんでした。季節感が凝らしてあって、よくもまあ、ここまでやるなーと感心しながらいただいていました。

手術して間もなく、膝の屈伸のリハビリが始まりました。これは、伸びたり縮んだりする電動の機械に、手術して間もない足を固定し、機械的に屈伸させるという、残酷なリハビリ機です。これには泣きました。3分や5分ではなく、30分1時間の単位でやるのですからまいりました。「どうしてもやらなければならないのですか」と、係りの方に、抗議するように言いました。すると、「はい、どうしてもやらなければならないのです。これをやらないと、膝が屈伸しなくなるのです。」「うーん。わかりました。よろしくお願いします」と言いました。

入院一ヶ月の後半は、しっかりしたリハビリ師によるリハビリが組まれていました。担当してくださった先生が、これまた素晴らしい方で、限られた時間内で、歩行訓練から階段の昇降まで、丁寧に指導してくださいました。おかげさまで、リハビリの効果はてきめんで、手すりを使いながら、階段の上り下りもなんとかなるようになり、気持ちの上では、教会に帰っても生活できるかなーという域に達していました。聖週間は無理でも、復活祭には帰って司式司祭としての典礼奉仕ができるという思いは崩れ、若い司祭の手を借りることになりました。50代までならそういったかもしれません。78歳という歳の壁が、計算から漏れていました。「神父様方、お世話になりました。」

浦野神父様と委員さんの温かい配慮で、30分ほどの清瀬教会滞在ののち、再び浦野神父様の車で関口構内にある「ペトロの家」に行きました。

車椅子もあったのですが、手押しの歩行器にすがって移動する生活が始まりました。ペトロの家はすべてが揃っていました。食事が最高でした。高齢者に配慮された、心のこもった献立でした。

数日後、歩行器にすがりながら、外へ出てみました。図書館から目白通りに出たところで、偶然、関口教会の信者さんに会いました。「あら、神父様、お元気そうですね。歩行器で歩いてらっしゃるんですね。すぐに良くなりますよ。ちゃんと歩けるようになりますよ。いつも祈っていますよ。」と言って足早に去って行かれました。滞在一ヶ月でペトロの家から清瀬に帰りましたが、結局、その信者さんがおっしゃった通りになりました。ひょっとしたら、あの信者さんは天使だったのかも知れません。「良くなリます。必ず、良くなります。」とおっしゃった言葉が、素直にストンと私の胸に届きましたから。

西川神父絵