主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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コロナウイルス感染の対策として、政府は緊急事態宣言を発令し、ワクチン摂取を全国的に推し進めてきました。かなり進んだ段階で、ウイルスに異種株が発生して、いたちごっこの泥沼に入っていきそうな、昨今です。

ワクチン一本にかけた感じの首相が、国民的批判に抗しきれず、迫ってきている総裁選挙に出馬しないと宣言して降りたので、大騒動になっています。その間、コロナのウイルスに怯えながら、日々の生活を送っている国民は、ひたすら三密を避け、マスク着用ときちんとした手洗いに専念しています。とりあえずできることは、それくらいしかないからです。

話を教会に戻すと、大司教様の鋭い判断で、感染拡大、クラスター発生を防ぐために、政府の感染防止の政策にぴったりと合わせて、「教区の皆さんへ」という指示を送ったことは賢明でした。(私ごときが言えるようなものではありませんが)。

これからも、コロナとの戦いは続きます。ついつい忘れてしまう、徹底した手洗い、マスクの着用、うがいの励行、等々は、個人の努力で出来る、有力なウイルス撃退法ですので、無心にやって行くしかないでしょう。これは今、私が私に言い聞かせているところです。多分、日本の、保育園、幼稚園、小学校、中学校でクラスターが起きていないのは、それらが徹底されているからでしょう。総裁選挙が終わり、国政の選挙で国民の審判が下れば、政治家も、私利私欲を忘れて、コロナと向き合ってくれることを期待します。

さてさて、コロナをさておき、少し、私のことを報告させていただこうと思います。というのは、膝の手術を受けて半年になりますので、「元気そうにしてますよ」とか「とりあえずは普通に歩いてますよ」という話は、クチコミで伝わっているようです。それ以上でもそれ以下でもありません。その通りです。なにしろ、ミサが中止になっているので、司祭の様子が、はっきりしない状態が、ずっと続いているということが原因なのです。

「歩き方が、少しぎこちないけど、結構、普通の歩き方ですね。」とおっしゃった方がいて、「ぎこちないですか」と聞き返したら、「手術を受ける前は、見ていて、気の毒になる感じでしたよ。痛さをこらえて、聖堂の椅子にしがみつきながら、歩いているような感じでしたよ。大変だったでしょう。覚えていますか。」「痛くって、よく歩けない、しかし、どうしても歩かなければ、何も始まらない。」手術を受ける前の最後の頃は、ほぼ、そういう感じでした。それでも、手術は受けたくなかったのです。いろいろな方に聞きました。「今、何とか歩いているんでしょー。それを大事にして、手術を受けない道を、探したらどうですか」と、真面目に言ってくださる方もいましたし、指圧とはり治療で治った方を紹介しましょうと言ってくださる方もいました。

痛さを我慢しながら通った御茶ノ水。教会を出発して、武蔵小金井で中央線に乗り換える通院を1年近く続けて、その結論が、「多摩北部医療センターに、腕のいい医師がいます。紹介状を書きましょう。」でした。そこまでお膳立てしていただいても、まだ、手術に踏み切れないでいたのです。笑ってください。

紹介状を持って、診察室の前に行き、約1時間、順番を待って、「ピンポーン。西川哲彌さん。診察室にお入りください」の声で朱医師の前に座って、紹介状を渡し、「先生、手術をお願いします」と言って頭をさげるシナリオはできていたのに、それが言えなくて、結局、「しばらく様子を見ましょう」ということになってしまったのです。自分自身、半分はほっとし、もう半分は、落胆の気分でした。すごすごと、病院の大きな待合室に戻って来、空いているところに座って頭を抱え、じっとしていました。それは、いつの間にか祈りに変わり、父なる神に問いかけました。父なる神は。何もおっしゃいません。すると、別の声が一声(ひとこえ)頭を貫きました。「手術をお願いに来たんでしょ」(間違いなく女性の声)。「そうだ、手術だ、そのために来たんだ」と気がついたのです。戻ってみれば、整形外科の前には、まだ数人の方が順番が来るのを待っていました。それから約1時間待って、朱先生の前に出たのです。「あれっ、さっき来た西川さんですね。どうされましたか?」「先生、手術をお願いします」。その時、先生の頬がわずかに動きました。「ハイ、わかりました。日にちを決めましょう、再来週の火曜日16日といたしましょう。いいですか。」「はい」「前日の15日入院してください。これから、一階の入院前手続きコーナーで書類を作りますから行ってください。」

このことは、前にも、司祭短信で書いたり、話したりしたので、またあの話か、と思われる方もいらっしゃると思います。最近、清瀬教会のホームページをご覧になる方がいらっしゃるので、「そういう経過で手術を受けたのか」と思ってくださるかと思い、ついつい書いてしまいました。

40年近く伸ばして、大事にしてきた、あごひげを切ったのも手術のためでした。今だに寂しいです。トレードマークでしたから。

西川神父絵