主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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トマトが終わりました。
先々週まで林のように枝が繁っていて、探せば二つや三つ見つけることができたのに、先週は食べられるような実はなくなっていました。まだ枝も青々しているし、その先には黄色い花も付いているくらいですが、判定は「終了」です。月曜、火曜とかけて、綺麗に片付けました。トマト林を支えていたジャングルジムのような支柱もそうです。あるのは土だけ、つまり畑が残ったというわけです。

ほんの畳一枚半くらいの畑ですが、励ましながら育てると、びっくりするほどの作物が育ちます。今年は、膝の手術やリハビリがあって、植え付けが5月の末でした。どこの苗屋さんもすべて売り切れていて、苗が手に入りません。わらにもすがる思いで、志木街道の東星学園近くの大きな苗屋さんに行ってみました。大きなビニールハウスは空っぽで、隅っこにトマトの苗が少し残っていました。かき集めるように全部買って(20本あまりですけど)、教会の畑に移植したのです。教会の畑は、建物に挟まれ植木の陰にあるので、何もできないように見えますが、意外と日光は当たり風も通り、目につく場所なので、野菜を育てるには条件は揃っています。

6月末には、たくさん付いている実の中で、一つ二つ、赤くなって食べられるようになってきました。7月8月は、茂った葉っぱの中を、探せば小さなザルの半分くらいの実が収穫されるほどでした。Oさんがまとめて収穫し、小さなビニール袋に入れて分配してくださったおかげで、かなりの方に行き渡ったようです。お世辞9割でしょうが、皆さんが「美味しかった」と言ってくださるとき、Oさんが「木に付いたままで熟しているからでしょう」と言葉少なに答えておられるのを何回か聞きました。正解だと思います。

さて、トマトが終わった畑、何もない黒い土の畑。毎年、「来年の春までどうするか」が話の種になります。普通の農家さんは、夏作冬作と言って、一年に二回、作物を作ります。いわゆる二毛作です。千葉の南房総地区では、まだ花が咲いている畑を、6月には花を潰すように土を機械でかき混ぜて田んぼにし、用意していた苗を使って田植えをして稲を育てます。乱暴な感じがします。春の花を特産物として東京や神奈川から多くの客を誘致しているので、冬場に満開の花を提供することは、地域としては欠かせないことです。

さて、話を教会のトマト畑に戻しましょう。去年は、「よく頑張ったから、半年お休みにして、来年の春に、また何かを植えましょう」ということで、放っておきました。草が生えてきたら草を抜き、風でゴミが運ばれたら掃きとるという作業を繰り返して春を待っていました。

それはそれでよかったのですが、今年も、そのまま何も植えないで来年の春を待つのかなーと思った時、コロナが収束して、ランチとか食事会に役立つものを植えてみようかとひらめいたのです。何か格好をつけるわけではないですが、その時に使える野菜を育ててみようかというアイデアです。

実は、野菜は、トマトやゴーヤのような実になるものに比べると、何倍も手がかかって、収穫ゼロということもあるのです。一昨年、トマトが終わった頃のある日、ホームセンターの花売り場を覗いたら、白菜の苗が一箱、ぽつりと置かれていました。「安くしておきます」と言われたので、買ってきて植えてみました。トントンと育ったので喜んでいましたが、うまく行きませんでした。虫にやられたのです。

さて、野菜について、誰に話したらいいのかと考えました。そして、思いついたのが清瀬駅北口の花屋さん「はないちもんめ」の親父さんです。夕方の散歩ついでに寄ってみました。話は簡単でした。「今から育てるとするなら、白菜とかキャベツ、ブロッコリーだね。今度市場に行った時、苗を注文しておくよ」ということになりました。まるで、神様がシナリオを書いてくださっていたかのように、トントンと進みました。

さてさて、今度植える野菜がちゃんと育つかわかりません。この小さい畑に三種類の野菜がちゃんと収まるかどうかも心配です。朝晩の水やりだけは大丈夫です。インパチェンスと同じように、タップリ水を注ぐことにしましょう。

今、まだ8月です。4ヶ月経ってコロナが下火になり、クリスマス会や新年会でテーブルを囲めるようになったら、この野菜たちが「私たちもこの日が来るのを心待ちにしていたのよ」と言ってくれるかなと思います。

花も同じですが、野菜も大変です。手がかかります。生き物です。目をかけ、手をかけ、声をかけてやらなければなりません。育つかどうかは別にして、この小さな畑は、教会の門を入った表面にあります。チラッと見てやってください。喜ぶと思います。そして、1日も早いコロナの収束を祈りましょう。

西川神父絵