主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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清瀬教会の方々は、もう見慣れて何も感じておられないでしょうが、初めての方は、広島ナンバーに気づくと、遠くから来たんだなと思われるでしょうね。長距離運転に向いている車ならまだしも、軽を一回り大きくしたタイプで、長距離走行には向いてない車です。

約17年前に妹が死んで、広島の実家に置いてあったものです。もったいないので、休暇が終わって東京に帰ってくるとき、私が運転して三日がかりで運んで、今も使っているという代物です。名義も私に書き換えて車検、保険、税金も私の名前で済ませています。ついでにナンバーも練馬か多摩にでもすれば完了だったのですが、税金だけは広島に納めることにして、ナンバーは広島になっているというわけです。

私にとって広島は、3歳で満州から引き揚げてきて、高校を卒業するまでいたところですし、へんてこりんな広島弁がどこか身に付いているので、こだわりがあるのです。東京に出てきてから60年も経っているので、ほぼ東京人に染まっているはずですが、どこかで東京に違和感があって、馴染めないものを感じています。私にとって広島との大きな接点は、何あろう、原爆資料館です。「繰り返してはならない」を心に刻んだ原点です。

私が住んでいたところは、広島市から東へ約10キロの海田(かいた)という街です。小学校の低学年の頃、学校から原爆資料館に社会見学で行きました。原爆資料館というのは、1945年8月6日に、一瞬にして約数万人の命が失われ、それと同数に近い人々が、瀕死の状態にされた原子爆弾の仕業を、少しでも残し、その悪魔性を資料として後世の人々に伝えるための建物です。始まりは、初代館長が収集した瓦やレンガ等が中心だったそうです。なにしろ8,000度の熱を受けたのですから、瓦やレンガの表面が溶け、変形しているのはその威力を知るための大事な資料になったのでしょう。

しかし、資料館ですから、原爆を受けた市民の様子がうかがえるようなのも大事です。口伝えに呼びかけたら、生々しい衣類や生活資材が持ち込まれ、陳列するスペースが埋まってしまったそうです。

私たちが学校から見学に行った時は、館内が異様な匂いで包まれて、感覚の鋭い子達は、しばらく食欲を失うほどでした。焼けただれた姿に作られた人形が目に残って夜、寝付けない子もいたそうです。

原爆資料館は平和公園の入り口に位置し、その先端に原爆ドームが川越しに見えるようになっています。丹下健三さんの設計によるものです。この数年で、資料館も大きくリニューアルされ、原子爆弾がどれほど残虐な結果をもたらし、人々を含めた生物に何十年という期間、劣悪な害をもたらし続けるかを知らせ、教えてくれるようになっているそうです。最近は広島の地を踏むことがなく、新しくなった資料館も話を聞く程度です。いつか、ゆっくり時間をとって、しっかりと見てみたいと思っています。

満州から引き上げる際、母方が広島だったので、それが縁で広島に落ち着きました。いろいろあって、母方の親族が住む町に住むことなく、海田にある、旧軍隊の被服廠の大きな建物を改良した、引き揚げ民寮に住み、そこから地元の小中高へ通いました。

同級生の親戚の中に、被爆(原爆を直接、間接的に身に受けた)した者がいるという噂を聞きましたが、それは親友でさえ言わないという鉄則がありました。と言いながらも、爆心地から何キロ以内の方がいただく「被爆者健康手帳」(持っていれば、どんな診療をも無料で受けられる)を持っている方は何人もいました。

ともかく、何万人の方々が被爆し、生き残られ、76年経ちました。被爆して、その経験をそのまま語る「語り部」も少なくなったと聞いています。被爆していなくても、心を込めて、原爆の恐ろしさを語れればいいのです。

いまだに、故教皇ヨハネパウロ二世の広島でのスピーチ(「センソウハ、ニンゲンノ、シワザデス」)は、ここ一番というときに流され、感銘を深く受け止められています。また、そのヨハネパウロ二世が、原爆資料館を見学された時、原爆投下前と投下後のパノラマの前でじっとして動かれず、係りの者が焦って移動を促そうとしても、ただひたすら立ち止まってご覧になっている教皇様の姿に、むしろ感動していたというエピソードを聞きました。

今から4年ほど前に、戦時中の広島と軍港呉を舞台にした映画「この世界の片隅に」が話題になりました。そのアニメ作品を、私は何回も観に行きました。それは、ストリーの良さもあったのですが、映画製作にあたって当時の広島の暮しの様子を、写真や記録、証言をもとにして詳しく再現していたからです。資料によると原爆投下で灰燼に帰した町、中島町(現在の平和公園)は、城下町広島の美しい街並みがあり、いつも賑わっていたそうです。昔の町並みを忠実に再現しようとする努力にほだされて、何回も映画館に通いました。その度に「素晴らしい」と静かに拍手を送りました。忘却は罪です。

西川神父絵