主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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時の経つのは早いもので、リハビリのために過ごしていた「ペトロの家」から教会に帰って約一ヶ月になります。公式ミサがないので、教会にいる感じが少し足りないのですが、留守番を含めていろんなことがあって、緊張感を持って毎日をすごしています。

このところ多いのは、葬儀と納骨です。あまりいい話ではありませんが、昔と違って病院で亡くなると。すぐにでもご遺体を移していただきたいと言われます。以前は、病院のどこかに霊安室という部屋が用意してあって、とりあえずご遺体をそこに移し、司祭が呼ばれて、そこで遺族と一緒にお祈りをしたり、これからどうするかを思案したりしたものです。今は、すぐにでもご遺体を引き取っていただきたいという方針が病院全体に行き渡っているようです。

そこで呼ばれるのが葬儀屋さんです。葬儀屋さんは連絡があると、直ちに車を手配して、ご遺体を預かって、病院から自社の遺体安置所に移すという段取りになっています。そこへ遺族や司祭が駆けつけて、お祈りをしたり、これからのことを話したりするという流れです。

教会としては、せめて生命に危険が迫っている段階で駆けつけて、「病者の塗油の秘跡」(昔は「終油の秘跡」と言っていた)を授けたりしたいのです。本来、そうすべきなのです。しかし、最近は、葬儀社でご遺体と面会することが多いです。ついでに申し上げるようなことではありません。「何かあったら、まず教会に連絡を」という大原則を胸の奥底に収めておいていただきたいのです。それにしても、司祭の減少化傾向と教会掛け持ちの常態化が、こんなところにも影響しているのでしょうね。

私は毎日教会にいて、「神父さん。ご聖体がいただけますか」という声がかかるのを待っています。すると、私はなにを置いても「はい」と言って、聖堂に向かうのです。先週の日曜日には、聖堂の入り口を入ったところに「ご聖体拝領を望まれる方は、遠慮なく司祭館のインタフォンを押してください。」と書いた紙を置いておきました。効果は、お一人だけでした。

さて、教会に帰る前、つまり、ペトロの家でリハビリを兼ねて過ごしていた時、テレビを見る誘惑に耐えながら、ひたすら読んでいた本が一冊あります。それは、吉池好高著『ミサの鑑賞』(オリエンス宗教研究所2018)という本です。ミサをどういう風に鑑賞するんだろう、ミサに出て冷めた眼で見てみるということかと思われる方もおられるかもしれません。だいたい、ミサは鑑賞するようなものだろうかと思って、置いてしまう方もいらっしゃるでしょう。しかし、読み始めるとぐいぐいと引き込まれ、読み終わってまた最初から読み始める方もいます。私はその中の一人です。

一民族が、神との契約に目覚め、神に全てを委ねて、神が与えた掟を忠実に守ることによって生き延びてゆく姿が旧約聖書に記されています。神と一民族の間に交わされ契約と掟を守り抜くことによってその民族をより強固なものにして行ったのです。全てを栄光に導き、喜びをもたらすはずの神の支配が、一民族にとどまらず、全被造物に解放されるために、神は、独り子イエスを世につかわされました。

「私たちは、イエス・キリストによって、旧約のイスラエルが、ついに果たし得なかったこの契約の使命に参加すべく招かれたものたちであるのです。イエス・キリストの生涯と死は、このイスラエルの民の、神の民の使命を生き抜かれたものであったのです。人間の力によっては、ついに果たし得ない、この使命の実現をイエスはその十字架の死によって、可能とする道を開かれたのです。」(p94~95)

「自分たちの中にご聖体におけるイエス・キリストの現存を迎え、司祭は『信仰の神秘』と歌い、参加者は『主の死を思い。復活をたたえよう。主が来られるまで』と唱和します。このことばは何を意味しているでしょうか。今、このミサの中で、私たちの中にご聖体として現存しているイエスのいのちは、かつて、十字架上で私たちのために、この世に生きるすべての人のためにささげ尽くされた、あの同じイエスのいのちです。私たちを生かす食べもの、飲み物の形で、今示されているイエスのいのちは、私たちに新しいいのちの出発点を与えるために、十字架の上で与え尽くされたイエスのいのちそのものなのです。そうでなければ、真の最後の晩餐の記念、再現とはなりません。」(p96)

長い引用になりましたが、司祭生活50余年の、精魂を注がれた神父様の文章に圧倒されて言葉も出ません。ご聖体を頂き、噛み砕いてエネルギーの元として歩いてこられた吉池神父様の熱い心と、ご自分を小さく小さくして生きておられる姿を、一ヶ月間、ペトロの家で見ていて、心が洗われる思いでした。
「ミサの鑑賞」を薦めます。隠れた名著です。

西川神父絵