主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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先週の木曜日(6日)約一ヶ月間リハビリと静養を兼ねて過ごしたペトロの家を出発して、浦野神父さんの車で教会に帰ってきました。荷物は、入院していた多摩北部医療センターを退院して一旦、教会に帰ってきた時のカバン二つとビニール袋一つでした。

教会は花盛りで、二階の司祭室はピカピカに掃除されていて、新居に入るような感じでした。まったく申し訳ない気持ちで、新たな第一歩が始まりました。少し遅れましたが「ただいま〜」と申し上げます。ご心配おかけしました。おかげさまで二本の足で歩けるようになりました。

大きな手術だったので、左足は膝から下がまだ腫れています。元どおりになるには時間がかかりそうです。椎間板ヘルニアを起こし、神経痛に痛めつけられた右足は、例の「少し強い薬」のおかげで痛みは去り、普通の状態になっています。ということは、手術した左足を庇いながらも、普通に歩けるようになっています。「自由に歩きたーい」と叫んだ三ヶ月前の叫びが、一応、実現している状態です。

教会の階段は二ヶ月前は地獄の道でした。手すりにしがみついて、一歩一歩、上がったり降りたりしていました。今、気をつけてはいますけど、トントンと上がり、バッタバッタと降りています。物を持って上がったり、降りたりもします。足を踏み外して転んだらどうなるかは、よくわかっております。ですから、慎重に慎重にやっています。

階段に関しては、ペトロの家でよく訓練しました。三階建てですが、エレベーターが完備されており、設備がゆき届いています。しかし、私は徹底的に階段を使う訓練をしました。実を言うと、ペトロの家では、初め歩行器(通称「シニアカー」)を使って移動していたのです。ですから、洗濯のために二階や三階に行く時は、必ずエレベーターを使っていました。

厳しい自己訓練を繰り返して、1ヶ月の間に歩行器から杖に、杖から二足歩行になりました。とにかく、一ヶ月後、立ってごミサを司式することが自分に対する絶対命令だったのです。もちろん、無理は禁物です。杖で歩けるようになった頃、ペトロの家からかなり厳しいところを選んで散歩に出ました。何回か書かせていただいたように、カテドラルのあるところは、目白台と言って高台になっています。JR目白駅方面へは平面ですが、早稲田方面、江戸川橋方面、講談社・護国寺方面へは、厳しい坂道しかありません。散歩はその坂道を下りて、登ってくるというコースを選ぶことになりました。前々回で報告した通り、約60年前、つまり学生時代に毎日のように歩いていた、胸突坂(むなつきさか)という、きつい階段の坂道を降りて早稲田界隈を歩き、帰りに別の坂道を登ってくるという散歩を、訓練だと思ってやりました。無理は禁物ですが、手術前からすると、夢のようなことです。

時々、手術したところのレントゲン写真を見ます。原寸大ですから迫力があります。大腿骨の先と脛骨の先にしっかりと金属の部品が埋め込まれていて、その金属がぶっつかっても、少しも痛くないようになっています。

手術する前は、大腿骨と脛骨が触れるたびに、飛び上がるような痛みを感じて、次の一歩が出せなくなっていました。じっとしている時は、なんでもないのに、一歩踏み出すたびに震えるような痛みが体全体を襲って、どうにもならない状態でした。

今更、何を言っても始まりませんが、早く手術を受けておけばよかったと、つくづく思います。それにしても、人工関節という言葉に恐れを抱いていたのが、懐かしいです。「先生、私は78歳です。今更、手術でもないでしょう。」と申し上げたら、「88歳の婦人が、勧めに従って手術を受けていますよ」と言われて、ぐうの音も出なかったことがありました。

清瀬の力強い信者さんの後押しを受けて、新しい一歩が始まりました。もう一つ、私を押している力は、清瀬の新しい聖堂建設です。コロナ禍があまりにも強烈なので、聖堂建設の夢が吹き飛んでしまいそうですが、現実は逆です。こんな時だからこそ、今育っている新芽のような子供達、あるいは、教会に招かれている、数知れない方々のために、きちんとした聖堂をプレゼントしたいという夢です。今の聖堂が使えないとか、物足りないというわけではありません。修理してゆけば、何十年でも使えるでしょう。何もない時に、ケルン教区の信徒の方々の、今で言えば、10円50円という、東京を思う献金が、現在の清瀬の聖堂となったのです。今度は私たちの番です。30年50年後に向けて、新しい聖堂を建てましょう。どのような聖堂になるのか、イメージはありません。だだ、今の私たちの力でできる、最大の聖堂を建てる夢を捨てないように、コロナ禍を乗り切って行きたいと思います。

申し遅れました。教区の事務局長をしておられる浦野神父さんに、紙面を借りてお礼を申し上げます。何から何まで、お世話になりました。ありがたき幸せです。

西川神父絵