主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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左膝人工関節設置の手術が終了して3週間と2日目…つまり4月8日の木曜日、みんなに支えられるように車に乗せていただき教会に着きました。

桜は散っていましたが、マリア像の花壇はチューリップが満開で良い雰囲気に包まれていました。昨年の秋、菊の花が咲いていた頃に汲川さんや根岸さんに植えていただいた球根が桜の満開の頃芽を出し、葉も伸ばし、花になっていたそうで、植えた当人たちが驚いていたようです。

教会に着いてほっとしました。しかしほっとする間もなく、浦野神父様と赤井さんと一緒に関口のペトロの家に案内されました。病院生活から急に一人きりの司祭館生活は何かにつけて不安定だろうからしばらくペトロの家で休みなさいという温かい配慮でした。

ペトロの家は関口構内にあるすばらしい建物で、現役を引退した司祭や休養を必要とする司祭が一時的に、あるいは自分で身の回りを何とか出来るまでの間休む家です。現役を引退したと云っても司祭の仕事の中の大切なミサとか赦しの秘跡などで教会の手伝いに出ることがあります。ある面で司祭には引退はないと云ってもいいのでしょうが、それもままならない司祭はペトロの家で余生を過ごします。

訪問者として来たことはありますが、しばらく休養のために過ごすとは夢にも思ったことがありませんでしたので、何だかゲストハウスにいるような1週間を過ごさせていただきました。よく寝ることが出来ましたし、散歩もしました。食事は最高でした。久しぶりに神学校に帰ったような感じで、入居している神父さん方と挨拶したり言葉を交わしたりして夢のような日々を送りました。この温かい配慮に浦野神父様や教会委員さんにお礼を申し上げます。

ついでに、このペトロの家を少しだけ紹介させていただきます。今から30年、40年前は司祭は死ぬまで教会にいて最後は病院に移り、そこで死を迎えると思われていました。50代、60代で亡くなる時代でした。しかし医学の発達で長寿社会が到来したとき高齢司祭が教会とは別の余生を過ごす場所が必要になってきたのです。そのために高齢司祭の家が考えられ、信徒の方々の尽力で実現したのです。それが今、司教館として使われている建物です。しかしその家では足りなくなりました。そして10年後、ペトロの家が建てられたのです。高齢化社会に備えて20名近くの司祭が暮らせるように設計されました。この10年の間に、ペトロの家に住んで帰天された神父様は10名以上おられます。粕谷神父様、三好神父様、青山兄、弟神父様、井上洋治神父様、宮内神父様、荒井神父様、内山神父様、井手神父様、川原神父様、藤岡神父様、市川神父様、田中神父様、そして岸神父様です。

この1週間過ごしてみて少し贅沢に作られている感じがします。神父様方の居室は皆南向きになっています。カーテンを開ければ太陽が差し込んで来ます。あまり広くはありませんが、ワンルームマンションのような作りです。関口構内にありますが大聖堂の裏に建てられているので、結果的に目立つことがなく高齢司祭の施設としては、条件が整っています。とは言え、目白側に出口があるのでバスに乗るにしても散歩に出るにしてもとても便利です。

幸か不幸か多くの信徒、司祭はペトロの家をよく知らないようです。どこにあるかは知っているけど、せいぜい前を通るくらいで中に入ったことがないという方がほとんどだと思います。もちろん用もないのに入ることは許されません。玄関のドアを開ければプライベートな部屋だからです。逆に用事があったり、司祭との約束があれば誰でも入ることが出来ます。用事を作って是非訪ねて下さい。何か相談したいとか、勉強したいとかであれば、その為の部屋もあります。

実は、ペトロの家の優れものを紹介せよと云われて挙げるとするなら、それは聖堂と食堂です。さすが司祭たちの共同生活を支えるに相応しい祈りの場としての聖堂です。今は蜜を避けねばなりませんが、20名から24名がゆっくり祈れる広さが取ってあります。良い雰囲気で思わず座って祈りたい気持ちに誘われます。

そしてもう一つは食堂です。いつもは10人ちょっとの座席ですが、きちんと座れば20~24名位は収容可能です。食事は細やかな配慮が行き届いていて「量も味も丁度いいなー」と思いました。一食いくらの値段がついていますので前日に申し込めば大丈夫です。司祭の家ですので司祭に限られるかもしれません。ですから教区修道会宣教会の神父様、どうぞ食事に来てください。そして、居住している司祭たちと言葉を交わして下さい。すばらしい祝福に包まれることを保証します。

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