主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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100号が近くなった司祭短信に、入院くらいで穴を空けたくなくて、15日に入院し、16日に手術を受けたあと、18日に書いて教会に郵送して間に合わせようと思っていました。しかし、それは、大変甘い考えであることが16日に手術を受けたあとすぐに分かりました。

足(左膝)の手術は大変な手術でした。当然です。全身麻酔で2時間半の大手術だったのです。朝9時に手術室に入り、病室に帰ったのは午后2時を回っていたと思います。手術中のことは何もわかりませんが、手術前の様子は分かります。とても大きな部屋で真中に台が置かれ、大きな電燈が上から全てを照らす装置です。テレビや映画にある手術台そのものです。麻酔が効いて来て私自身は深い眠りに入り何も分かりません。膝の手術のために朱先生を中心に何人かがその役割を果たしてゆく共同作業でした。

左膝が痛くなりはじめたのが去年の1月。紹介を受けてお茶の水整形外科に通い始めたのが2月。その時、すぐレントゲンで写真を見て、大腿骨と脛骨の間にあるべき軟骨が擦り切れていて上からの骨と下の骨がぶつかっていますね、と云われました。リハビリでなんとか痛みをやわらげることも出来ます。やってみましょうという訳で、月に二回、あとで月に一回通院して、痛みの克服へ挑戦して来ました。いい時はとても良く、信徒会館の二階にある司祭館に、一日10回ぐらい昇ったり降りたりする日が続きました。

その日々が足を鍛え、筋肉をつけることが出来ていました。しかし、上下の骨がこすれて、痛む日々が続きました。少なからず、その痛さを経験し、薬を飲んだり、民間治療をなさったりされた方々と、思い切って手術を受けた方々のお話を聴く機会がありました。切る(手術)ことを避ける道がないものかと色々試してみました。お茶の水の療養師の先生に診てもらいながら、指示に従って、教会でリハビリをやっていました。効果はありました。それで一年間通っていたのです。

このままでいいのだろうかという自問自答が続き、思い切って、これからどうしたら良いかを教えて頂くために榎本先生に時間を取って頂いたら、多摩北部医療センター、朱先生宛の紹介状が渡されたのです。用意されていたのです。その翌日、その紹介状を持って朱先生に会いに行ったのでした。

先生は、紹介状をご覧になっても、手術をするかどうかはあなたが決めることだという姿勢に変わりありません。病院の広い待ち合い室での祈りに没頭しました。「手術あるのみ」という声が聴こえ、すぐさま整形外科の受付に、足の痛さも忘れて走ったのです。先生はその場で入院は15日、手術は16日と云われました。まるで決められた道を走っただけという感じです。

さて、手術後のことを書きましょう。大きな手術だったので少しのんびり出来るかと思ったのですが、そうはゆきません。「鉄は熱いうちに打て」という諺がありますが、その通りです。手術した左足は、ちょっとさわるだけで痛いのに、「西川さん、リハビリです」と云って治療師が持ってきたのは、鉄製の細長い器具でした。ベットに横になって下さいと云われて、左足にセットされ、スイッチを入れるとモータが回る中、強制的に膝を伸縮させるという機械でした。私は悲鳴をあげ「痛い、痛い、痛い」と叫びましたが、動かしている治療師は見て見ぬふりです。「我慢してください。30分ほどで終わりますから」と手を出しません。なんという残酷なことをやるんだと怒りを感じました。しかし、このリハビリは、翌日も、さらにその翌日も一週間続きました。次第に慣れてきて、うつらうつらしているうちに終わるようになりました。そのほか、理学療法師の手でリハビリが行われ、立つ、歩くを中心に、訓練が続きました。60代以下の若い人なら、どういうことでもない事が、80に手が届く老人にとって大変なことだとつくづく思い知らされました。

食事のことを報告しましょう。病院食は不味い(まずい)というのが定評です。しかし、ここ多摩北部医療センターは、工夫がなされていて、“おいしい”という言葉を贈りたいと思います。まずご飯。きちんと炊かれています。そして味噌汁。三種のおかずと果物と牛乳とお茶。和風が主流で、中華と洋風が代る代るといった感じ。ただ塩分が2.8g以下に抑えられているので、物足りない印象を与えるかもしれません。なんとか季節感を味わってもらいたいのか、春分の日には、ぼた餅が出ていました。春が来たんだな~と口で味わうなんて、粋な計らいに感謝しました。

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