主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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先週の火曜日(9日)、勇気を奮って、浅草橋の「育英クリニック」に行ってきました。この病院は、クリニックという名にふさわしく、医師が一人の小さな医院です。浅草教会にいた頃、どういうわけか、血圧が高くなり、信者さんの紹介で戸を叩きました。自転車で10分くらいの距離です。

血圧は、なんとかなりましたが、その後、月に一回くらいの通い、いろんなアドバイスをいただき、主治医というより、いわば、かかりつけのお医者さんになっていただいています。清瀬に来ても、二ヶ月に一回は足を運び、一言二言いただいて、身体管理のヒントにしています。今回は、膝の手術を1週間後に控え、その報告も兼ねてというわけでした。

元気なら、バスに乗って、電車にも乗ってJR浅草橋駅からクリニックまで歩いて15分足らず、花屋さん、お土産屋さん、お茶屋さん、ペンキ屋さん、さらにいろんな食べ物屋さんが並んでいる江戸通りです。楽しいはずの15分は、膝が痛くて、痛くで、左足を引きずるような歩行でした。

教会に帰って、改めて、歩くということを考えました。痛い足を引きずりながら、町の通りをスタスタ歩いている方々を見て、なんと素晴らしいことなのだろうと思います。何の苦痛もなさそうに人々は歩いておられます。

「時間があったので、一気に2万歩近くあるいてしまいました。そんなに歩くつもりはなかったのですが、ついつい歩いていました。」と聞くと、羨ましいという思いより、奇跡的だなーと思います。

いつも土曜日夕方のミサに奥さんを乗せ、愛車で来ておられた金澤さんが、娘さんたちの説得で車を捨て、今は、バスを使いながらも、ほとんど歩いて教会に来られますし、病院にも歩いて行かれます。夕方、病院から教会に寄って祈り、スタスタと歩いて帰宅される姿に敬意を感じます。歩いていると、自然と祈れるのだそうです。

生まれた時は四本足、一年経つと二本足、それからずっと二本足、最後は杖をつくから三本足となっているようですが、二本の足で自由に歩けることは、なんとすばらしいことでしょう。武蔵小金井からのバスで見かけた婦人たち、山か丘を歩いての帰りと思われる、登山靴とリュックサック姿。お歳の頃は、多分私と同じ頃と思われます。征服してきたという清々しさが顔に満ちていて美しい。かわいい登山靴に年季が入っている。二本の足は、時間と体力が許す限り、どこへでも行けるでしょう。私も、手術が終わって、自由に歩けるようになったら、清瀬に限らず、時間の許す限り歩きたい。

さて、清瀬のホームページを見て、電話とか、お手紙を頂いています。長く音信不通になっている方からも、「司祭短信を読んでいます。手術のことを知ってびっくりしています」というお手紙をいただきました。清瀬の信者さんにと思って書いてきた「短信」が、清瀬を飛び越えて届いています。手紙をいただいたら、すぐさま返事を出すように努力しています。

さてさて、頂くお手紙の半分以上は、私が受けようとしている膝の手術の経験者です。迫力が違います。「実は、私も五年前、同じ手術を受けました。リハビリが大変でした。リハビリに耐えられなくなって、泣きました。でも、やらされました。やりました。おかげさまで、今、大丈夫です。朝の犬の散歩、朝食作り、三人の子供の弁当、全部やっています。みんなが喜んでくれるので、丈夫な足に感謝しています。」「母は80代後半で膝を痛め、動けなくなり、痛さに我慢できず、『清水の舞台から飛び降りる』決意で手術を受け、今年、94歳で亡くなるまで、思う存分動いていました。現代の医学に脱帽です。

何度も話しましたが、お茶の水整形外科でお世話になった榎本先生が、それとなく、手術を受ける道を進めてくださいました。その時、私が、78歳ですからと申し上げましたら、即座に「90歳過ぎても受ける方がたくさんいらっしゃいますよ」とおっしゃいました。穴があったら入りたいほど、恥ずかしかったです。

さてさて、髭を取るか、手術を取るかと言われて、四十年近く伸ばしてきたあごひげを切って、少し寂しい思いをしています。何か考える時、すぐに右手で髭をつかんで引っ張りながら、「さて、どうしよう」と神経集中の道具ともなっていました。つい右手を顎に持って行きますが、ツルリンと空気を掴むだけです。長年の癖ですから、当分空気を掴むことになるでしょう。もう伸ばしません。つかんで引っ張り、神経を集中できるほど伸ばすには年齢が足りません。無精髭と付き合いながら、司祭としての余生を過ごしてまいります。もちろん、歩いて、歩いて。

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