主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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先週の月曜日(18日)、通常国会が召集され、菅首相が行った施政方針演説は、新型コロナウイルスの収束に全力を尽くす事への決意表明から始まりました。私は、19日付けの毎日新聞に掲載された全文を、はじめから終わりまで、読んでみましたが、決意の文言ばかりが踊っていて、大事なことは、どれも外された感じでした。

国民の関心事は、一ヶ月の緊急事態宣言後への具体的な展望と対策です。現在の感染度からすると、期待できる沈静化の目安はとても薄いと思います。ワクチンの投与が始まると、その時から新型コロナが敗退してゆくような楽観的な言い方がされていますが、それはワクチンへの過信に過ぎず、むしろ副作用を恐れなければならないと思います。つまり、1月7日に一ヶ月という期間付きで出された日本政府の緊急事態宣言は、一ヶ月後どうなるのか。緊急が解けて通常生活に戻ることができるのか、それとも、再々発出ということでしばらく続くのか。これこそ、私たちが知りたいし、日常の生活に影響があることなのです。

教会の典礼は、2月17日が灰の水曜日で、この日から復活祭に向けての四旬節が始まります。いつもなら、灰の水曜日までに古い枝を回収し、それを焼いて灰を作り、灰の式に使います。その日のミサの中で、祝福された灰を額につけてもらい、復活祭への心の準備の第一歩とします。灰は死を暗示し、復活を待ち望む信仰を強める恵みを頂くきっかけとなっていきます。

一ヶ月後も緊急事態宣言が続くならば、大司教様も、「命を守る」基本理念の観点からまた新しい指示を出さざるをえないでしょう。1月7日に出された指示に続くメールを待たなければなりません。

ところで、清潔を第一に考える素朴な日本人の生活習慣は、新型コロナの感染の速度を極端に遅くし、マスク、手洗いの厳守と、三密を避ける努力で、高い人口密度の地域でさえも、他国の大都市に比べて、感染度が低いのは確かです。また、教会も感染を避ける方針と、それを実行する信徒の努力は並々ならぬものを感じます。

大司教様の指示に従い、どの教会も、主任司祭と教会委員会、あるいは評議会は話し合いの機会をもって、それぞれの教会の事情を加味した方針を立てられている様子です。万全を期して、週日・主日の公開ミサを中止にしたり、人数や年齢を考慮し、三密を避ける工夫をしています。今回は、大司教様がそれぞれの教会の自主性を促しておられるので、いろんな工夫がなされているようです。

教会を維持していく経済的負担も、信徒の協力なしには成り立って行きません。1月は、教会の会計報告を教区本部に出す時期に当っています。教会の維持は全て、信徒の献金によって支えられていますから、コロナの影響がどの教会にも出始めています。

実は、例年この一年の会計報告を信徒総会に出し、決算と予算案の承認を得てから本部に報告することになっています。しかし公開ミサが中止になって総会を開催することができず、そのためにいろいろな工夫がなされているようです。清瀬教会は、主任司祭の判断で、17日に開催された教会委員会を総会に替え、監査を得て、賛成多数をいただき、承認とさせていただきました。公開ミサ中止の間の特別な処置です。もちろん総会資料は、聖堂・信徒会館に置かれ、信徒なら誰でも読むことができますし、司祭や教会委員に質問できます。

新型コロナ禍の中での教会運営は、厳しい状態に置かれています。何しろ公開ミサが中止になって、信徒が集まれない中でのことですから仕方がありません。しかしながら、教会が休止状態でありながらもミサ献金はともかく、教会維持費は大体集まっていると聞いて、驚くとともに、ほっとしました。

さて、実際一ヶ月の期間で出された緊急事態宣言は、一ヶ月経ってどうなるのでしょう。灰の水曜日は、ミサなしで灰を受けるだけということで問題ありませんが、復活祭(4月4日)が近づくと、聖週間、洗礼式と、教会にとって年に一回しかない重要な典礼が待っています。とりあえず灰の式に関しては、公式的な指示が出ていますので問題ありません。その後のことは、指示があれば指示に従い、典礼書に沿って、工夫してやって行けばいいのでしょう。

今回のパンデミック(疫病の世界的流行)は、多くのことを変え、生み出しています。1月21日現在で、世界の感染者総数は9685万7616名、死者は207万4618名(ジョン・ホプキンズ大学システム科学工学センター)と発表されています。この数は日々増えています。第三次世界大戦とも言われる所以です。大きな犠牲を払って、私たちは多くのことを学んでいます。何事も地球単位で考えるようになってきました。目に見えない大きな収穫です。

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