主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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朝起きて、一通りの身支度を終えると、シャツの襟にカラーをつけます。白い小さなカラーです。シャツは、司祭シャツと言われているもので、襟首の正面に白い小さなカラーが取り付けられるようになっています。シャツそのものが、聖職者のために作られていて、色も薄いグレイです。もちろん黒色のもありますが、いつもはグレイです。長袖と半袖があり、季節によってどちらかを選びます。

朝、そういう服装をすると、私の場合は、ほぼ一日中、そのままで過ごします。真夏の暑い時は、カラーを外し、ボタンも外し、楽にしますが、いつもは、そのままカラーをつけたまま過しています。カラーは、便利な身分証明証を兼ねています。

昔(第二バチカン公会議以前)は、首を巻くようなカラーをつけたり、修道服を着たままで過ごす司祭や修道士が沢山いました。そのまま街に出て、乗り物に乗ったりしている姿を見かけることがありました。修道女は、修道服が普段着でした。しかし、公会議後は、ガラリと変わりました。教会の中とか、修道院の中ではスータンや修道服を着ていても、街に出るときや、作業をしたりする時はどこかに印を表すだけの服装になることが主流になってきました。襟元に小さなカラーをつけて、身分を表すやり方もそこらへんから来ていると思います。

若い司祭を見ていると、その時その時のTPOに合わせて上手に使い分けているようです。ということは、日頃の生活では、カラーを付けることはないし、ごく普通の楽な服装で過ごすことが当たり前になっているということです。つまり、その時に合ったものを軽く着こなし、着るもので個性を出しているという感じです。

残念ながら、私にはそれができません。結局、グレイの司祭シャツにカラーを付けるという服装になってしまうのです。朝、司祭シャツに腕を通したら、カラーをつけて、そのまま、一日を過ごし、夜休むときにそれを外し司祭シャツを脱いでパジャマに着替えて寝るという生活です。

個人的な違いはありますが、年配の教区司祭は、一日中、司祭をやっているタイプが多いように思います。誰が訪ねてこようとも、何かに用事で呼ばれようとも、司祭は司祭、司祭として対応出来るようにという姿勢です。お寺の住職さんと一緒です。一目見ただけでわかる仕事服が、司祭服というわけです。病院に行って時間外に面会したり、手術前後に患者さんのそばにくっついて秘蹟を授けたりすることが許されているのは、司祭だからです。集中治療室に入って告解をきいたりできるのも、司祭だからです。大げさに言えばローマンカラーの威力です。とはいえ、現在は、新型コロナのせいで、どの病院、施設も余程のことがない限り入れてもらえません。身内でも会えない状況ですので、司祭といえど例外が許されません。残念ですが、ひたすら、ロザリオに頼ってマリア様にお願いしています。

私は、一日中カラーをつけて生活していますので、そのまま、商店街もスーパーも、はたまた、床屋も図書館にも行きます。清瀬は、外国籍の方々がたくさんいらっしゃるので、「シンプサーン」とか、「ファーザー」とか声がかかります。知った顔もあれば、初めて見るような方もいます。私は決して有名人ではありませんが、カラーを見てわかるのだと思います。

月に一回は、お茶の水にあるお茶の水整形外科へ通います。そこで、かなりの時間を過ごします。順番を待っているのです。予約制なのですが、バスや電車に乗って行くので、かなり余裕を持って通っています。ですから、病院で、かなりの時間を過ごすことになります。

患者さんは、自然と、首にカラーをつけて待っている老人が目にとまるようです。意識過剰ではなく、視線を感じます。今年の二月から通っているので約1年経ちます。はじめの頃は月に二回通っていましたので「来ている、来ている」と思われたかもしれません。程なく月一になったので、「いつも来ている人」から、「時々来ている人」に変わったでしょうが、ともかく、髭を生やして、首に白いカラーをつけている変わった老人という印象で見られていると思います。

クリーニング屋さんは、襟元が変わったシャツを出す人として覚えてくださっています。というのは、出すのはその種類のシャツだけで、あとはほとんど出さないからです。司祭シャツは襟と裾が汚れるだけですが、かなり汚れるのでクリーニングに出すしかありません。というのは、司祭シャツを着て、なんでもやるからです。実は、司祭シャツが、私にとって作業着なのです。大工、掃除、炊事、洗濯等々、カラーをつけてやっています。したがって、どんな時でも、呼ばれたら、そのまま「はーい」と返事して駆けつけます。結局、1日24時間、司祭をやっているということになります。司祭冥利に尽きます。

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