主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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先月8日の毎日新聞4面に「名著を探訪 戦後75年」という記事がありました。名著として取り上げられていた本は、高木俊朗著「特攻基地 知覧」でした。

私は、若い頃、この本を読んで感動したことがあり、もう一度読んでみたいと思い、清瀬駅北口の西友4階にある本屋に行きました。調べてもらいましたが見当たらず、取り寄せるには十日ばかりかかるとのことで、諦めて、同じ4階にある清瀬市立駅前図書館に行きました。

調べてもらったところ、「ここにはない」とのこと、少しがっかりしていたら「他の図書館に当たってみましょうか」と言われ、お願いしたところ、「あります。」という返事でした。なんと、清瀬市にある6軒の市立図書館が連絡を取り合って、利用者の要望に応えるシステムになっていたのです。1週間ほどかかりますというので、ちょっとためらいましたが、よろしくお願いしますと言って帰りました。実際、電話がかかってきて、「来ていますので、いつでも取りに来てください」と言われたのは、それから十日あまりたっていた頃でした。

手にした「特攻の基地 知覧」は昭和54年に出版された十版目のもので、厚いビニールのカバーが施されている年季の入った代物でした。なにしろ、四十年も経っている文庫本ですから仕方がありません。

早速、読みました。メモを取りながら、ゆっくり読んで行きました。内容は、「名著を探訪 戦後75年」の記事にもあるように、第二次世界大戦末期に当時の大日本帝國陸海軍がとった、航空機が、爆弾もろとも敵艦に突っ込む体当たり攻撃の戦法、いわゆる「特別攻撃」のことです。歴史にあまり関心がない人でも「特攻」とか「特攻隊」という言葉は知っておられるだろうと思います。

まず、この本が、名著として読み継がれてゆく理由は、著者である高木俊朗氏が大学を卒業して一旦「松竹」に入りながらも、間もなく、旧陸軍報道班員として採用され、戦地に従軍していたこと、そして、現地で、事実を目の当たりにしながら、記事を書いていた実績です。つまり、自分の目と足で書いた文章なので、書いてあることに臨場感があり説得力があるのです。

最初に派遣されたマレーシアから、国内、つまり、鹿児島市から南に50キロばかりの知覧(現在南九州市)に行くことになったのです。時期は1944年、つまり敗戦の前年、連合軍が沖縄に攻撃を開始した年、特攻作戦が実行される年でした。高木氏は、宿命的に、特攻の現実と、その後、特攻に関わりのあった方々を、一人一人、一つ一つ、足を運んで聞いて行くという使命を負わされることになりました。

知覧は、それまで何か空港のようなものがあったところではなく、平凡な農地の広がった台地でした。特別攻撃隊のために畑をつぶし、林の木を切って飛行場や施設が作られたのです。地元の人は、まさか、こんなことで、知覧の地名が、日本中に知れ渡るなんて思いもよらなかったでしょう。知覧を材料に小説も、映画も、子供達のために漫画にもなっています。

いろいろあっても、隊員に直接会って、複雑な気持ちや、信じられない出来事に関しては、高木俊朗さんの書かれたものにはかなわないでしょう。なぜなら、特攻隊員と直接話してその気持ちを聞き、戦争が終わった後も、家屋を訪ね、隊員と関わった人たちの生の声を聞いて記録に残した高木氏の努力は、並大抵にものではなかったからです。

想像を絶する飛行機、航空母艦で押し寄せ、進軍してくる連合艦隊に対して、なすすべもない日本軍は、なすすべもなく、残り少ない飛行機をかき集め、250キロの爆弾を搭載して、敵の航空母艦に体当たりして沈没させるという、途方もない作戦を作り上げ、実行に移して行ったのです。本来の作戦ならば、ちゃんとした攻撃能力を持った飛行機に、十分の燃料を積み、搭載した爆弾や魚雷を持って敵艦を攻撃し、任務が終わったら帰還するとなっていたはずです。しかし、それは夢のまた夢でした。日本軍には、必要な物資が尽きていたのです。

戦争は、多くの教訓を残し、かけがえのない人命と、国家的な財産を失う愚行です。子供でもわかる、この真実を、私たちは、確認しながら、歩んでゆかなければなりません。そのために、私たちは、歴史を学んでいます。かつて「知覧」で起きたことを、繰り返すことがあってはなりません。

かつて、アジア・太平洋を舞台に、もたらされた大きな犠牲の上に、戦争を放棄することを謳った新憲法が制定・発布されました。日本国憲法です。日本国憲法の制定の過程を「押しつけられた」とか「理想論を書いただけだ」という人たちがいますが、その方々には、75年前に鹿児島の知覧であったことを思い起こしていただきたい。そうでなければ、またもや、大きな犠牲を強いるという愚行を、繰り返すことになりかねません。

「死んでもいいというくらいの気持ちで戦って来い」なんて言葉は、スポーツの選手にいう言葉です。負けて帰ってきても、「よくやったよ。鍛え直してまた挑戦するんだな」で終わります。殺傷能力のある武器をとって人殺しに行くものに死んで来いとは誰も言えないはずです。

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