主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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先週の木曜日午後、教区本部からのメールで、岸 忠雄神父さんの帰天を知りました。間もなく、ファックスが届きました。通夜は、日曜日(27日)午後6時、葬儀ミサ・告別式は、翌月曜日11時となっていました。

メールが届いてから、清瀬教会葬儀委員に連絡し、一斉ファックスで、神父さんの死と葬儀の日程を信徒の方々に伝えました。1993年から3年間、清瀬の主任司祭を務めてくださった、思い出多い神父さんだからです。

8月末、ある方の納骨式で府中墓地に行きましたが、昔の思い出話の中に岸神父さんのことが出てきて、尽きない話になりました。30年近く前のことだったのですが、まるで昨日のように話しておられました。気さくで暖かい方とおっしゃっていました。

岸神父さんは、司祭に叙階されて三年ほど麻布教会で働かれ、その後、関口に行かれました。助任、主任と、合わせて10年近く司牧され、そのあと、その力を買われて、葛飾教会新設準備担当者として派遣されました。東京都23区でカトリック教会のない区が二つありました。それは、新宿区と葛飾区でした。土井辰雄大司教様から受け継いだ夢、「全区に教会を」を実現すること、特に、葛飾区の教会設立に、白柳大司教様は、新進気鋭の岸神父さんを起用し、派遣されたのです。三年間、孤軍奮闘されましたが教会設立にいたらず、杉田 稔神父さんにバトンタッチをして船橋教会に赴任されました。

当時の船橋教会は、船橋市だけではなく、白井、八千代、印西、千葉市の一部を含む広大な小教区でした。今でこそ、豊四季教会や成田教会ができて少し縮小されていますが、当時は、大変でした。岸神父さんの働きは素晴らしかったと、誰もが、その奮闘ぶりをたたえておられます。現在、西千葉と千葉寺の教会を兼任しておられる福島神父さんの実家は白井市にあり、少年時代、青年時代を岸神父さんの後ろ姿を見ながら過ごされたと聞いています。

その船橋教会で、神父さんは、一匹の犬と出会い、生活を共にするようになりました。「ジョニー」です。飼いはじめはジョニーも子犬でしたので部屋犬でしたが、すぐに大きくなってきたので庭に置きました。信者さんも可愛がっていました。そのうち、神父さんが清瀬教会に赴任することになり、ジョニーも連れて行きました。ジョニーは、清瀬の人気者になりました。かなり大きくなっていましたので、庭につないでいたそうです。しかし、かわいがられすぎて、ジョニーが人の手を噛むという事件が起こりました。優しい、可愛いジョニーが、途端に、怒って人を噛む、危険な犬になってしまったのです。神父さんも心を痛め、結局、庭に犬小屋を作って、その中に入れておくことに発展したようで、寂しいことになってしまいました。

そのうち、神父さんに転任の辞令が出され、小岩教会に転任されました。当然ながら、ジョニーも引越しすることになり、小岩では飼えないことがはっきりしてきました。転任する前に、ジョニーのことが、「噛む犬」という風評が伝わっていたようです。神父さんは、習志野教会(元船橋教会)の福島家に預けたのです。福島さんは、ジョニーを我が子のように可愛がり、神父さんも時々会いに行っておられたようで、神父さんに会った日のジョニーの喜びが伝わってくるような感じがします。

毎日、福島さんに散歩に連れて行ってもらい、福島タバコ店に来るお客さんにかわいがられながら年を取り、静かに息を引き取ったそうです。その頃、神父さんは、最後の司牧地となった荻窪教会に移っておられました。

「気がついたら20年経っていたよ」とおっしゃっておられましたが、荻窪と余程ご縁があったようです。病気を得て、入退院を繰り返すようになっても、荻窪に帰って司牧を続けたいという気持ちが強く、本部や、宣教協力体からの支援を受けながら、帰る意志を捨てませんでした。

葬儀の日、控室で、深水神父さんに声をかけたら、「岸さんは、僕の同級生なんだよ。大阪の和田神父さん達もそうなんだよ。」ということでした。ちょっと驚きました。私には、3年前に亡くなられた小川神父さんしか思いつかなかったのです。小川拓郎(ひろお)神父さんは、岸神父さんの大親友で、いつも支え合っている間柄を羨ましく思っていました。ですから、岸神父さんが困っていた時は、小川神父さんが支えになっておられました。その小川神父さんが重篤の状態になった時、岸神父さんも病身でおられました。ですから、その頃、小川神父さんのことをだれが岸神父さんに伝えるかが司祭の間で話題になったことがありました。結局、岸神父さんの導きで洗礼を受け、司祭叙階の恵みまで頂いた森 一幸神父さん(現銚子教会主任)が伝えに行ったということです。

お通夜の説教は、大司教さんから指名を受けて、福島一基神父さんがなさったそうです。「どんな話をしたの?」って訊いたら「船橋時代の思い出ばなしをちょっと」という返事でした。それこそ、岸神父さんへの最大のプレゼントだったと思います。

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