主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

IMG_2082 コピー

昨年のことです。信徒ホール(二階に司祭室と広い和室がある)と聖堂のあいだに小さな畑があり、何も植えられていない様子でした。コンクリートの縁石に囲まれた、わずか一坪あまりの土地です。何か、花でも野菜でも植えて育てたらいいなーと思いました。でも、赴任して間がないので、遠慮して心のうちに収めておきました。

間もなく、着任後初の委員会が開かれました。家族的な感じで進められ、なんでも自由に話してもいい雰囲気になったので、その畑のことをちょっと出してみました。答えは簡単で、「いいですよ。これまでも神父様たちが畑として使っていましたから」でした。

早速、鍬を入れてみたら土は柔らかく、花でも野菜でもOKの感触です。そこで、畝を作って畑らしくしてみました。なんでも植えられるような感じだったので、通常より約1ヶ月遅れでトマトを植えたのです。苗は、ホームセンターで買いました。二週間も経ったら支柱が必要なくらい伸び、花も咲かせました。

1ヶ月後、最初の収穫があり、立派なトマトになりました。信者さんの口にも入り、「少し苦味があって、おいしいいとは言えないけど、昔のトマトの味よねー」という評価をいただいたのです。ともかく、無農薬の有機栽培ですから、安心して食べられます。「昔のトマトってこんな味だったような気がする」という声が、耳に入りました。

秋になって、支柱と一緒にトマトも片付けました。「来年は何を植えるんですか」と、何度も聞かれました。やはりもう一度トマトにしよう。それも、ミニトマトをやってみようということで落ち着きました。決めたことは決めたのですが、いろいろあって、手が回らず、気がついたら6月に入っていたのです。農協も家庭菜園向けの苗屋さんも、苗類は売り切れていました。そこで、最後に行ったのが「石塚花屋」でした。大きなガラスの温室を持っている花屋さんです。

「あんた、ついてるよー。今年は、コロナの影響で、ベランダ菜園が大流行して一週間前に売り切れて、うちも困っていたんだよ。種苗業者が急いで二次養殖をし、それが今、届いたところだよ。すぐに売れてしまって、少し残っているよ。数が少ないけど持って行きなー、いい苗だよ」。種類を聞いたら、欲しかったミニトマト。思わず神様に「ありがとうございます」と叫んでしまいました。

コロナ禍で世界が悲しみと恐怖におののいているというのに、トマトの花は咲き、小さな実が実り、あっという間に、赤く熟れてきました。当たり前のことです。

例によって「みなさん、トマトが、ぼちぼち、熟れてきています。どうぞ、自由に取って食べてください。無農薬ですから、そのまま食べても大丈夫です」とミサの中でも宣伝しましたので、ぼちぼち食べられているようです。私の感じでは、昨年と同じ、あまり美味しいものではありません。期待していたらがっかりされると思います。畑になっているトマトはどういう味かがわかります。お試しください。

さて、不思議なことがありましたので、お伝えします。それは枯れたトマトの話です。先からお話ししているトマト畑ですが、一本の畝に三本づつ植えたのですが、一本だけ余ってしまったのです。どうしたものかと思案しているうちに、聖堂正面の左側、お隣との境の壁の前にほんの50センチ四角の空いた土地を発見しました。日当たりもいいし、人目につくところだからと思って30センチほどの穴を掘り、腐葉土を入れ、水をたっぷり注いで余った一本の苗を植えました。

ちょっと人目につくところだから、「トマトだ、トマトだ、実がなっているぞ」と声がかかると思っていました。確かに苗は茎が伸びて、花を咲かせ、実がなってきました。しっかり水はやりました。しかし、どういうわけかある時を境に、葉がしおれてきたのです。どうしたのだろうと思いながら水だけは欠かしませんでした。虫がついているのかと、よくよく観察しましたが、特にそのような跡は見当たりませんでした。まだ抜いてはいませんが、立ち枯れ状態です。一つだけ心当たりがあります。それは、目をかけてやらなかったことです。畑の方は、毎朝、毎夕、気がついた時、水やりだけではなく、草を抜いたり、脇芽を取ったりしています。「頑張れよ」とか「よく実をつけたな」とか話しかけていますが、一本だけのトマトは水をやるだけでした。バカな話ですが、トマトも生き物ですから、声をかけたり、手を入れたりすることが大事です。枯れた原因が他にあったのかもしれません。しかし声をかけてやらなかったことは確かです。そのトマトには、「ごめんね」と謝りました。

795316b92fc766b0181f6fef074f03fa-2