主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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先週の月曜日、カテドラル大聖堂へ行ってきました。一年の折り返しの時期の6月末に開かれる「聖ペトロ・聖パウロ聖職者の集い」に出席するためです。聖ペトロ・聖パウロのお祝いは、東京教区の歴代の司教(土井辰雄師、白柳誠一師、岡田武夫師、森一弘師等)が聖ペトロか聖パウロの霊名を頂いていたこともあって、司教のお祝いも兼ねるという意味も含まれてきました。

この日のミサで、叙階25年、50年、60年目を迎える司祭を祝うことも大切な行事です。銀祝、金祝、ダイヤモンド祝に当たる司祭が、司教様から労いの言葉と褒美として金一封をいただくことは、なんと素晴らしいことでしょう。出席していた司祭たちの拍手は、大きな喜びが込められていました。銀祝くらいなら、別に特別なことでもないでしょうが、叙階50年の金祝となると、その司祭にとって感無量の気持ちだと思います。何しろ、30歳で叙階されたら、金祝は80歳ですから。東京教区では、山根克則神父さんと吉池好高神父様が迎えられました。二人共元気です。まだまだ頑張っていただかなくてはなりません。

さて、この日、復活祭を迎える前の聖週間、その木曜日(4月9日)に行うはずだった、聖香油ミサが捧げられ、教会で一年間使われる聖なる油の祝福と聖別が約3ヶ月遅れで行われたのです。

あらかじめ用意された油(オリーブ油)が三種類、その目的に沿って、司教によって、祝福(病者の塗油の秘跡のためと、洗礼志願者のための油)と、祝別(洗礼、堅信、叙階に用いられる聖油)の儀が行われました。この三種類の油は、ミサ後、直ちに何十という小さな器に分けて入れられ、わかりやすい印が付けられ、セットにして司祭に渡されました。

ところで、このミサの中で行われる大切なことがもう一つありました。それは、説教の後で行われる「司祭の約束の更新」です。一年に一回、司教が、司祭に約束を確認し、司祭たちが、大きな声ではっきり「はい」と答え、肝に銘じる儀式です。

司祭は何を約束し、教区長である司教に対してその決意を表明したかを、知っていただきたいと思います。大司教は、まず、「叙階の日に宣言した約束を新たにする決意を持っていますか」と司祭団に問いかけます。司祭団一同は「はい、持っています」と答えます。次に大司教は、「叙階の日、皆さんはキリストへの愛に駆り立てられ、教会のために司祭の務めを受け入れました。皆さんは主イエスとより密接に結ばれ、自分を無にして、聖なる務めに対する約束を忠実に守る決意を持っていますか。」と問いかけます。答えは、もちろん「はい、持っています」です。

次に、「皆さんは、感謝の祭儀と他の典礼を通して、神の秘儀を大切に守り、教える務めを果たし、自分の利益を求めるのではなく、心からの熱意に駆られて、頭であり牧者であるキリストに従う決意を持っていますか。」と問います。司祭一同は、「はい、持っています。」と答えました。そして大司教は、会衆に向かって「ご列席の皆さん、司祭のために祈りましょう」と呼びかけます。「司祭が、神の豊かな祝福に満たされ、大祭司キリストに忠実に仕える者として、救いの源であるキリストのもとに皆さんを導くことができますように」と祈り、会衆は「主よ、私たちに祈りを聞き入れてください」と答えます。

結びの祈りとして、大司教は、「神である父よ、あなたの民を、慈しみをもって導いてください。あなたの恵みに支えられた教会が、世界の平和と一致に役立つものとなりますように」と唱え、一同が「アーメン」と答えて更新は終わりました。

毎年、聖木曜日の聖香油のミサの中で行われる「司祭の約束の更新」が、ペトロ・パウロの祭日に行われたこと自体、珍しいことですが、私にとって新鮮な感じがしました。私たち司祭は、司教を通して伝えられることを、叙階の時に宣言した、「司教に対する尊敬と従順」をもって受け止め行動する集団です。

私が司祭に叙階されて教会に派遣され、初めて仕えた主任司祭、故 杉田 稔神父様がおっしゃった言葉が忘れられません。それは、「司教の言葉は神からの言葉だよ。初めはわからずとも、やがて、わかってくる。」です。

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