主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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1月末に「リサイクル王」で宝物を発見し、信じられない価格で購入したことを報告しました。あれから約半年、またもや似たような発見をし、小さな画面につい涙を流してしまったので、その経緯を報告させていただきます。それが「麦秋」なのです。時代は昭和を遡って26年、西暦でいうと1951年、今から約70年前の松竹映画が大船の撮影所で撮った作品です。戦後間も無く映画が作成され始め、どの映画館も連日満員御礼の札がかかったと言われています。映画は娯楽の王様でした。

「麦秋」の主演は原節子です。小津監督と名コンビで、数々の名作を世に送り出しました。個人的な話ですが、この作品が発表されて10年後、つまり1961年、私は広島から上京し、大学1年生で貪るように本を読み、小さな映画館にかかる名作を拾いだすように見ていました。その中に、戦後間もない頃発表された原節子主演の小津作品が入っていました。「麦秋」もその作品の一つです。

舞台は鎌倉で、28にもなって嫁に行かない娘を抱えた一家が、娘の行く先に頭を抱えながら、いい人探しに気を揉んでいる。小津作品の「晩春」と共有した話の筋です。28歳になってまだ行かない、それで行き遅れと言われているところが時代を感じさせます。原節子の演じるのんびりした感じの娘と、いい話を持ってくる親戚筋の方々のやり取りが面白くて笑ってしまいます。

そこへ舞い込んだいい話、つまり、あるいい人を周りは真面目に押し付けようとします。いい人ではあるけど、歳が40をかなり超えている。お母さんは、相手の歳を気にして「もったいない」つまり、もう少し若い人はいないのかと思う。でも娘が気に入ってくれれば、それでもいいかと思う。周りはじっと成り行きを見ている。しかし、のり子(原)は、どこ吹く風とばかりに聞き流している。勤め人として事務職の仕事をこなし、そして気の置けない同級生の女友達と会って、おしゃべりを楽しんだりしている。

そんな時、のり子の兄の同業仲間(医学関係の研究者)に栄転の話があって、秋田の大学に転任することになり、のり子は別れの挨拶に出かけた。いたのは母親一人。別れを惜しんで昔話に夢中になっていたところ、ふと、お母さんが「虫のいい話で、言い出しにくいのだが、私は前々からのりさんが息子の嫁になってくれたらと思っていたんですよ。とんでもない話なので、諦めてはいたんですが、こうやって顔を合わせて話していると、のり子さんがきてくれないかなと、つまり一緒に秋田に行ってくれないかと思うんですよ。バカな話で申し訳ありません。」

そこで「ではこれで失礼します」と挨拶して、のり子が帰ると思ってしまう流れなのですが、どんでん返しがあるのです。「もし、私でよければ、嫁にしてください。一緒に秋田に連れて行ってください。」と言ってしまうのです。お母さんは、じっとのり子を見つめて、「本当なのね、本当に息子の嫁に、孫のお母さんになってくださるんですね。」と泣くだけです。「よかった、よかった」を何度も何度も繰り返します。繰り返しながら「ありがとう、ありがとう」と言いながら涙にくれるのです。

それからが大変でした。のり子の実家、親戚、友達たちは、気が狂ったのかと、連呼します。冗談にも程があると、叱りつけます。真面目に心配しているのを無視して、自分勝手に大事なことを決めるなんてとんでもない奴だとまで言われるのです。しかし、のり子は動きません。爽やかな笑顔です。

この映画を観る人は、ここで不思議な涙が、自分の目から落ちてくるのを止めることができません。声を出して泣くという涙ではなく、心をギュッと掴まれて、とめどもなく出る涙を止めることができないような涙なのです。監督の名を使って「小津マジック」とも言われるシーンです。

この年、ブルーリボン賞において、原節子は主演女優賞、杉村春子は助演女優賞、そして、小津安二郎が監督賞を取ったと記録されています。昭和26年(1951年)といえば、9月に対日平和条約・日米安全保障条約が調印され、この日米の不平等条約によって、日本がアメリカの「不沈空母」(中曽根元総理大臣)となってゆく記念すべき年なのです。

それにしても、女優原節子は存在感がありました。その後日本では「八頭身美人」という感じのアメリカ映画にも対応できる女優が続々と誕生しますが、原節子はそういう女優さんではなかったと思います。もちろん、何千人の美人の中から選ばれた超美人です。しかし、映画に出てくる原節子さんは、周りを引き立て、みんなをほっとさせる人柄として印象に残っています。

今や、かつて銀幕を彩った作品がボタンひとつで見られる時代です。もしよかったら「麦秋」をご覧になってください。ちなみに「麦秋」というのは、季節は、「熟した麦を取り入れる、初夏の頃」(岩波国語辞典)を言います。

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