主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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頂いたメールによると、今月の30日、教皇様が、バチカンの庭園でロザリオの祈りの会をされるとのことです。時間は、イタリア時間で17時30分(日本時間だと0時30分)だそうです。目的は、パンデミック(新型コロナの世界的大発生)危機に苦しむ人々のために、改めて寄り添い、神に助けを求め、聖母の取次を願うそうです。5月はロザリオの月ではありませんが、聖母の月です。聖母の月の最後の日に、心を合わせてマリア様に取り次を願うということは、なんと素晴らしいことでしょう。教皇様に合わせて、ロザリオの祈りを捧げたいと思います。

大げさな言い方ですが、教会はご利益(ごりやく)を求めません。これだけ祈ったのだから、それなりの効果(みかえり)があるとは決して言いません。もちろん、人間の技ですから、目的があり、その効果を期待するなとは言いません。しかし、祈ったら、神がそのとおりに願いを叶えてくださるなんて、主客転倒のことです。私たちが願う前から、神はとてつもない恵みを信じられないほど与えてくださっている。私たちにできることは、感謝することと喜ぶこと。そして、神の愛の偉大さを賛美することだけです。

またまた大げさなことを言いますが、祈りとは、神の愛を腹一杯呼吸することです。ですから、祈っていると、神様が呼吸と一緒に体の中に入ってこられ、いかに神様に生かされているかを思わされます。ロザリオの祈りをしていると、イエス様を思うマリア様の心が伝わってくる気がしてなりません。

人間の力には限界があります。思うようにならないと、誰もが思っているでしょう。しかし、その中で人は大切なことを学び、再確認します。何もできない私たちが、心に中で神のとてつもない愛を感じ取り、すべてを神に委ねながら、すぐそばで苦しんでいる方に寄り添うことができるのです。

「神父様が祈ってくださっているので、余計な心配をしないでやっています」と言われ、びっくりしました。本当は、神様が支えておられることを感じ取っておられるんだなと思います。神の大きな愛に委ね、相手に注がれている愛を信じること、これが第一です。聖書を紐解くと、「息子イエスは大丈夫だろうか」と、本当に心配しているマリア様が描かれています。イエス様のことを心配して、そっと様子を見に行っているのです。母マリアの心配がそのまま伝わってきます。神様に、絶大な信頼を置いているマリア様でさえ、我が子には、「大丈夫だろうか」と、気をもんでおられるのですから、私たちのことも心配してくださるのは当たり前です。しかし、じっと様子を見ていると、いつの間にか、子どもに母親の心配が伝わってゆくから不思議です。

聖堂で、ご聖体でおられるイエス様と沈黙の対話をします。じっとしていると、まるでイエス様が、あの方はどうしているか、その後どうなったのかとお聞きになられるように、次々と浮かんできます。清瀬の方だけではなく、いろんな方が出てきます。

本当なら訪ねて行って、「いかがですか」と声かけをするべきなのでしょうが、できない時は、マリア様にお願いします。マリアはすべての人のお母さんです。非常に自分勝手ですが、「お母さん、お願い。代わりに行って、慰めの言葉をかけてあげてください。」とお願いします。

ロザリオの祈りを、ゆっくりすると、一環(主の祈り5回、アベマリアの祈り50回、荣唱5回)に20分くらい掛かります。それを大体3環しますので、1時間はかかります。マリア様の生涯を辿りながら、結局、イエス様の生涯に現れた父なる神のいつくしみの神秘を黙想するように仕組まれています。よくできています。

先述しましたように、30日、教皇様が、新型コロナのパンデミック危機に苦しんでおられる方々のために、聖母の取次を願ってローマでロザリオの祈りをされるとのことです。時差を考えながら、祈りに加えていただきたいと思います。

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