主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)

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昨年の手帳を見ると、4月26日に清瀬に引越ししています。ですから、ちょうど一年が経ったということになります。「どんな感じですか?一年経ってみて」、と感想を訊かれても返事に困ります。何しろ清瀬での生活が始まったばかりですので、答えようがありません。

清瀬教会と言っても、清瀬市だけではなく東久留米市、新座市、東村山市、所沢市にわたっていますし、範囲が広く一年で、なるべく行くようにしていても、行ったことがないところが多いのでなんとも言えません。駅の周りに大きなビルが建っていていろんな店が並んでいるかと思うと、広い畑に、見事に野菜が育てられ、大きな木々が茂っている林もあります。

交通手段つまり電車やバスのような公共交通機関や車が使える場所には、新しい住宅がどんどん建てられています。有楽町や四谷、新宿までの距離と時間が一時間以内に入っているので、都市化現象はゆっくりながら進んでいるのだと思います。各市が「昔から伝えられてきた、いい伝統を残そう」と、躍起になっているのがわかるような気がします。

人口はどの町も少しずつ増えているそうですが、少子高齢化の傾向は止めようがありません。昔は、団地に子ども達の声が響き、夕方になっても帰らず、地面に書いた円や三角が見えなくなってやっと我が家に帰るという光景があったそうですが、今は子どもの声を聞くこともなく、年を重ねた大人達がひっそり暮らしている状態です。ひばりヶ丘のようなリニューアルされた団地には、子どものいる世代の方々がいらっしゃるようですが、いずれ子達は巣立って行き、高齢者が余生を送る住まいとなってゆくでしょう。現実です。

結婚して引っ越し、清瀬教会の小教区内に居を構え、子どもが生まれ、教会で洗礼を授けてもらい、家族そろって主日(日曜日)のミサに通い、教会が大きな支えとなる時期は、過ぎてみるとあっという間で、教会を支えているのは期待を込めて育てた世代ではなく、残された親たちだけという流れは全国的なものです。残酷な言い方ですが、教会が教会で育てた次世代を引き止め、時代のニーズに応える受け皿を用意できなかったことを、率直に認めない傲慢さが災いしていると思います。親たちや、小教区の司祭たちのせいにして、もっと頑張れ的な言い方をしている教会指導者も、根本的に反省しなければならないと思います。

かといって、苦しむ民の声に応える現代のモーセを待ち望んでいるわけではありませんし、教会指導者に期待しているわけではありません。せいぜい、呻(うめ)き続けることと、全能なる御父への信頼を持ち続けることが私たちに課せられたことだと思います。大切なことは、自分を小さくすることと、仲間割れをしないことです。私(わたくし)流に言えば、教皇ヨハネス23世の心に帰ることです。

許されるなら清瀬教会に長居をさせていただきたいと思っていますので、ゆっくりこの界隈のことを知り、味わって行きたいと思います。花や野菜は1年の周期ですが、樹は10年単位です。そして人は30年が一世代です。

今年に入って、左膝がきしみ始め、ビッコを引いていましたが、いい医院に恵まれて、少しづつ快方に向かっています。しかしながら、身体の衰えは、隠しようがありません。メモをしながら話を聞いていないと、名前すら覚えられないことがあります。幸い教会は生死を伴うことでの付き合いが基本ですので、しっかりと覚え祈りの中で思い起こして祈らせていただいております。神様は、大事なことに関してはしかと覚えさせてくださいます。安心してください。

ミサと教会の祈りとロザリオ、この三つが私を支えている柱です。ミサは共同体の一致の要です。「ひとつになるように」と招かれ、共にイエス様を食べ、皆に代わって御血を飲んでいます。ロザリオは、マリア様の生涯を偲びながら思い起こす限りの方々のためにとりなしを願います。一回に一環では足りず二環三環に及ぶことがあります。どうやって祈ればいいのかと聞かれることがあります。「こうすればいいです」なんて簡単には言えません。祈りは信仰そのものですし、その人その人に神様が与えてくださるものだと思います。ですから「ご自分で探しなさい」とは言いませんがロザリオを勧めます。

ともかく、清瀬の二年目が始まりました。特別なことはありません。日が昇り、日が沈んでゆく1日です。

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