主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)
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先月のなかばに、清瀬にはすずめがいる、三羽や五羽の話ではなく、十羽も二十羽もいるぞと書きました。賞味期限の切れた菓子や、昼食夕食で食べ残したものを細かく刻んでベランダに投げておくと、すずめがやってきて食べてるぞという報告でした。

忙しさにかまけて、すずめにやる食料のことを忘れることもありました。だいたい、餌をやろうにも、やるものがない日が続きました。それでも何羽かのすずめが様子を見に来るような感じがしていました。「ごめんね、なんにもないんだよ」と言っていました。そして年の暮れのある日、よく行く、東久留米市のビバホームという巨大なホームセンターに行って、材木を少し買って、ついでに何か、あったらいいなーというものを探して店内を一巡りしているうちに、ペットショップコーナーに入り、そこで貴重なものを発見したのです。それは、「小鳥の餌」というものでした。

ビニール袋を手にとって袋の中を見ました。そして、深く悟ったのです。すずめは小鳥なのだと。すぐに値段を見ました。かなりの量が入っているのに、決して高くない。中身は、粟ときびとヒエ、それに、小さな草の実が少々入っていると、説明書きに出ていました。とにかく、一つ買って帰って食べるかどうか試してみようと思い、嬉々として教会に帰ってきました。

翌朝、6時頃、一握りとって、パラパラと蒔きました。警戒心の強いすずめです。来ません。朝ミサの時間がやってきましたので、聖堂に行きました。ミサが終わり、ロザリオも終わって司祭室に帰ってきました。ベランダを見てみると、きれいになくなっていました。つまり、「小鳥の餌」は当たりだったのです。

粟とか、きびの種はとても小さいです。皮が付いているとカラスでも嘴(クチバシ)を地面に平行にして食べることもできるでしょうが、皮をむいていて、それが、築三十年のザラザラになったコンクリート床に埋まったようになっているのを食べることはできません。つまり、以前のように、餌を撒くと、まず、カラスが食べて、残りをすずめが食べるという順序はなくなりました。すずめ天国です。期せずしてカラスは除外されることになったのです。

ところが、思うように行かない事態が生じました。カラスより小さく、すずめより一回り大きい鳥(名前がわかりません。今度、調べてておきます。)が来て、食べ始めました。その鳥は、悪(わる)です。というのは、自分が食べている時、すずめが来たら、鋭い声を出して、すずめを追い払うのです。つまり独り占めするっていうわけです。それだけではありません。もう一羽、同族の鳥を呼んで、二羽で食べているのです。約一合の「小鳥の餌」ですから、すずめと一緒に食べたらいいじゃないかと思うのは、人間の思いであって、弱肉強食の世界では、その二羽の鳥が腹一杯食べるまで、すずめはお預けをくらうということなのです。

二羽が去った後、やっとすずめの世界がやってきて食べ始めます。前にも何回も書きましたが、すずめは警戒心が旺盛で、どんなに夢中になって食べていても、合図があると一斉に飛び立ちます。見事なものです。警戒が解除されると、皆、帰ってきて食べ始めます。2〜30羽の鳥が一斉に飛び立つのも見事です。私は、ガラス越しに観察しているわけですが、ちょっと動くと感知します。つまり、こっそりと見ているだけのことです。

卵の時から、手にとって付き合うと、すずめでも、身内のようになり、部屋の中でも飼えるという話を聞きますが、野生の鳥を手の上で何か食べさせるということは聞いたことがありません。若い頃、一週間ほどミャンマー(当時は、ビルマと言っていた)に派遣され、帰りにシンガポールに寄ったことがあります。勧めがあって鳥類動物園に行きました。有名なショーは、鳥を自由に操って、数十羽の鳥が、一人の人の頭や手や身体に止まり、右手から左手に、頭から肩に飛んだり止まったりする芸です。今でも思い出すくらいですから、よほど感動したのだと思います。

今のところは、毎日、約一合の「小鳥の餌」をあげています。時期的に、冬は、鳥たちにとっても厳しい時期だそうです。春になれば、沢山、食べ物が出てきて人家に寄ったりしなくなると聞きました。ということは、すずめさんとの付き合いは、2月いっぱいか3月のはじめ頃までということです。それにしても、三十羽以上のすずめが一斉にベランダに集まるということは壮観です。部屋を暗くして、ガラス越しに、鳥たちを観察できるのは嬉しいことです。一羽一羽の動きが生き生きしていて飽きません。まさに「ごらんよ、空の鳥」です。

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