主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)
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先々週の木曜日(19日)の夜11時ごろ電話が入りました。「上山さんが亡くなったということです。すぐに来てくださいますか。私も、今、行こうと思って向かっているところです。」「はいわかりました」。

実は、もう、布団の中で、眠りに入っていたところでした。すぐに着替えて、聖堂香部屋に行き、典礼書とストラと聖水を用意し、表に出ると宮田家の車が来ていました。上山さんがおられた老人ホーム「グランド ホーム カペナウム」は教会の方々がたびたび入所されているとのことで、夜にもかかわらず、車は、15分もかからずホームにつき、二階の上山さんの部屋に案内されました。親しくしていた方々が駆けつけ、やがて、弟さんも到着してお祈りが始まりました。安らかな上山さんのお顔を見ているうちに、どなたも「ご苦労様でした。色々とありがとうございました」という言葉が出てくる雰囲気でした。そのあと、1階の会議室で、教会と遺族と葬儀屋さんとの簡単な打ち合わせをして帰途に着きました。葬儀ミサ・告別式は23日、12時半から行い、火葬は多磨霊園内火葬場で行うことになりました。

そのあとの三日間は、クリスマスが間近に迫っているというのに、上山さんのことでいっぱいでした。何人かの神父さんに知らせました。清瀬教会で勤めた方々です。どの司祭も、異口同音に「本当に世話になった」とか、「面倒を見てもらった」とおっしゃっていました。「時期が時期なので行けないけど、感謝の祈りを捧げます」ということでした。

葬儀が終わると直ちにクリスマスの準備に入りました。翌日は24日で午後7時から夜半のミサ、25日は朝8時早朝のミサ、引き続き、10時から日中のミサでした。早朝のミサは、まあまあでしたが、夜半のミサ、日中のミサはいっぱいでした。久しぶりに見る顔が何人もあって、何年ぶりで、顔も忘れているくらいなのに、何秒もせずに思い出して、「ひっさしぶりだなー」と挨拶を交わしました。クリスマスは、そういう恵みにあずかれる日でもあるんですね。

ミサ後にいただいた具沢山の豚汁、白菜漬け、キムチ、最高でした。多めに作ってあるということで、残った分を、大皿と自前の鍋に入れていただき、結局、この二、三日はそれで過ごしていました。最後は、残りの豚汁にうどんを入れて食べました。たまたま、浅草から来たお客さんにも食べていただきました。「具が多くて、ごった煮のような豚汁ですね」という感想の言葉でした。

クリスマスが近づくと、ご聖体を届ける勤めが始まります。できる限り、一月に一回はお届けしたいと思っています。いろいろな事情が重なって、思うようには行きません。その方の体調や、入所されているホームの事情もあるからです。教会によっては、聖体奉仕者がお届けしているところもあります。慣れてしまえば、そういうもんだということになるのかもしれません。しかし、例外はあっても、原則、司祭が行って聖体を授けることにしている、現行の清瀬のやり方がいいと私は思っています。清瀬のやり方というより、それが本来だと思います。司祭の大きな任務として、ミサを捧げることに匹敵する重要な勤めだとも思っています。ご聖体を前にして、一緒に祈るときに感じる喜びは何にも代えがたい喜びです。

さて、今年も、後、何日もありません。受験生は大変です。「祈っているからね」と言いました。毎日祈っています。盆も正月もありません。

毎日ミサを捧げて、イエズス様をいただきます。これが私の原動力です。ミサ前、ミサ中、ミサ後、ご聖体を前にして祈ります。マリア様に取次(とりつぎ)を願って祈ります。ご利益(ごりやく)をいただくために祈るのではありません。祈るだけです。後はお任せです。神様のお母様が、良き計らいをしてくださらないはずがないと信じています。

来年の復活祭に洗礼を受けられる方々のためにも祈ります。一年の勉強のうちで、年明けから復活祭まで密度の濃い勉強が待っています。気持ちを引き締めて、勉強を続けて行きましょう。信徒の皆さんにもお願いします。勉強中の五人の洗礼志願者のために祈ってください。

み旨(むね)が行われますように。天で行われている通り、地においても。

図1