主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)
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9月30日、月例集会で、後楽園ドーム球場で開催予定の教皇ミサの具体的な説明がありました。「聖体拝領のために司祭の協力が求められています。申し込みは、各自、中央協議会のHPの教皇ミサのサイトを開いて行ってください。根気強くやってください。うまく行かなかったら、信者さんの中で出来る人に頼んでみてください」と。

教会に帰って、早速、山田さんにお願いしました。そのうち、「私の分も神父さんの分もOKでした。大丈夫です。」との返事がありました。後楽園への切符を獲得したという印象でした。確実な返事は、入場券の発送で行うとのことでしたが、ネットでOKが出た段階で誰もが「大丈夫だ」という印象持ったと思います。

手続きが面倒だったし、それぞれの小教区に割り振られた数字のコードがありましたので、信徒を優先する受付と思うのが当たり前です。

しかし、返事の最終日である10月15日になっても山田さんにはきませんでした。何にもおっしゃいませんでしたが、私もショックで、一時は、不参加にしようと思いました。しかし、「神父さんは、行ってください」という山田さんの強いお言葉にお尻を叩かれて、参加することにしたのです。

教皇ミサで、信徒の聖体拝領のために最低400名の司祭が必要という情報が流れてきました。正直、それだけの司祭をどこから集めるのだろうと思いました。聖体奉仕者の方々を動員するのかなと思ったりもしました。しかし、それは杞憂でした。共同司式及び聖体奉仕のために控え室に集まっていた司祭は数え切れないほどでした。しかも、控え室は2室あり、同じくらいの司祭が集まっているとのことでした。後で、係りの方に聞いたら全部で540名ほど集まったそうです。

部屋いっぱいの司祭ですから、誰に挨拶するでもなく、顔を合わせた方には会釈をし、久しぶりに会った親しい司祭とは手を握り合って再会の喜びを分かち合いました。こんな恵みを頂けるなんて予想もしませんでした。広島、大阪、京都、名古屋、横浜、さいたま、新潟、仙台、札幌教区から駆けつけた司祭たちです。

控え室は、通常、ブルペン(野球選手が試合に備えて投球練習をするところ)に当たる部屋で、このようなことでもなかったら、普通の人は入ることができない部屋です。ドームの地下は、気をつけて歩いていないと迷子になるくらい、網の目のような通路で結ばれている迷宮のようで、興味津々でした。

午後4時から始まる教皇ミサのために、12時すぎから、説明やリハーサルが行われ、私たち司祭も、座ったり移動したりしながら、ミサ全体の流れをつかんで行きました。控え室では、昼食として、ジュースやパンが出されていましたが、口にする方はわずかだったと思います。

皆、何時間もトイレに行けないことになることがわかっているので手を出しません。ある司祭の話を聞くと、昨日から水分を摂らず、食事も控えめにして、この日に備えたということでした。

しばらくして、祭服を着る時間になりました。大きなダンボールに入って祭服が運び込まれ、大中小と三種類に分けておかれました。神父さんたちは、それぞれ合ったサイズを選んで着ると、たちまち控え室が香部屋に変わって行きました。話声も小さくなり、私服や私物を、臨時に用意された棚に収めると準備完了となりました。

会場に着いて周りを見ると、ミッションスクールの生徒さんや聖歌隊の方々が位置につき、練習を始め、ほぼ同時に、各地からバスや電車でいらっしゃった方々が、席に着き始めておられました。地面はシートで覆われていますが、その下は人工芝で、歩くとふかふかしています。野球を見に来たことがありますが、変わっていないのは天井だけで、どこがどうなっているのかがわからないほど、イベントの会場になっていました。

それから約2時間して、教皇様の登場になり、ドームが拍手を歓声に包まれました。はじめはそれほどではなかったのですが、ミサが進むにつれ、教皇様が相当にお疲れになられていることがわかりました。無理もないことです。午前中は、カテドラル大聖堂で「青年のつどい」に出られ、ミサ後も首相官邸で多くの方々との面会が控えているですから、クタクタ状態でしょう。お疲れが頂点に達しているような状態でも、絶えず笑顔を絶やすことなく、祝福を送っておられました。目を瞑(つむ)ると、そのお姿が浮かんできます。

ミサ後、司祭たちは、ドームの入り口で聖体拝領の手伝いをいたしました。そのために来たとも言える大切な役割です。心を込めてお授けしました。山田さんが「神父さんは行ってくださいよ」とおっしゃった言葉に従って良かったと思っています。

図1