主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)
西川神父

先週の木曜日は、朝ミサがお休みでした。車の免許更新のためです。東久留米駅西口から7〜8分歩いたところにある東久留米自動車教習所で行われる講習に出てきました。

「朝9時までに教室に入ってください。10時45分に終了します。」これは、更新の知らせを受け取り、その中に会場として指定された45の教習所の中に、東久留米があったので、早速申し込んだ時、時間の指定があったのです。

講習会場は大変混み合いますから、早めに手続きをしてくださいと書かれていたので、その場で一番近い東久留米の教習所に電話を入れて予約したのです。そして、予約した日が9月の12日だったので、お知らせで木曜日の御ミサのお休みをお願いしました。

数年前までは、免許の更新は簡単でした。一定の期間、法規違反(道路交通法)をしていなければ、警察署に出頭して手続きをするだけのことであり、違反があれば半日試験場で講習を受ければ、その日のうちに新しい免許が貰えるという制度でした。しかし、最近は厳しくなりました。特に、高齢者の免許更新は、厳しいを通り越して返納推進受け入れ準備会となりました。

昨年の4月に池袋で起きた交通事故は、高齢者が車を運転すること自体、危険な行為であるかのような印象を与えました。アクセルペダルを踏み続けて、暴走し、通行していたお母さんと小学生の娘さんを轢き殺し、運転していた87歳の老人が、「私はブレーキを踏んでいたのに、車が止まらなかった」と抗弁し続けたという、悲しい事故がありました。高齢者の免許更新に、認知機能検査が義務化されるようになったのも無理からぬことだったと思います。

というわけで、法規が改正されて、75歳を過ぎると、まず、認知機能検査が行われます。記憶力、注意力、判断力が試され、採点されます。三段階で評価され、49点に満たない方は認知機能が運転に即していないので、諦めるか、医師に相談して、それなりの治療を受けてください、となるのです。つまり免許返納をお勧めしますということになるのです。49点以上を取った方も、自分の認知機能が低下していることをしっかり受け止めてくださいよと、優しく警告を発してくださいます。「過信が一番危険な事で、事故の元です」と教官は強調しておられました。

さて、認知機能検査だけではすみません。さらに、高齢者3時間講習が待っています。応募者が多いので、その日のうちに、講習を申し込まなければなりませんでした。割り当てられた日時は10月5日(土)の2時から5時、場所は同じ東久留米教習所です。そして、それをクリアして初めて、免許更新手続きに入れるのです。なんと、めんどうな道でしょう。それでもなんとかして免許を取って運転したいと思うのです。ある面で、年をとればとるほど、車は便利で必要な道具なのです。むしろ、高齢者こそ車の素晴らしさを知っていると言っても過言ではありません。

高齢者3時間講習には、運転実技も入っています。実技で失敗したら、再度やり直しをしなければなりませんし、足りないところを補う個別指導もあります。最初の認知機能検査の時は、750円で済みましたが、3時間講習には7950円の請求がきます。認知機能検査で自分の記憶力と判断力の低下を見せつけられ、3時間講習で、厳しくなった道交法の学習をさせられ、試験で脅され、やっとの思いで免許が更新されて新しい免許証をもらうことができます。周りから、「返上して楽になったら」とか、「タクシーをどんどん使えばいいじゃないの」とか言われながらも、免許更新にこだわるのは、どういうわけでしょう。

昨年11月に帰天された藤岡和滋神父さんのことを思い出します。私より一回り年長でしたから87歳でしたが、最後まで運転しておられました。寄ってたかって返納を勧めました。最後は、「司教命令しかない。」とまで言われていました。もし、公道で事故を起こしたら、責任問題になるからです。しかし、神父さんは、返納どころか、楽しそうに運転し、耳を貸しませんでした。おそらく、運転が生きているしるしになっていたんだろうと思います。藤岡神父さんの真似はできませんが、私も、当分返納をしないで、運転して行こうと思っています。

図1