主任司祭 西川 哲彌(にしかわ てつや)
西川神父

歴代の司祭が、6月から8月にかけて、年の黙想と言って教会を空けてきたでしょう。今年は、私の番になりました。先週の月曜日から土曜日まで、北海道の函館から電車で約一時間行ったところ、北斗市当別町にある、トラピスト修道院で五日間の黙想をしてきました。最近は、新幹線が函館まで来たので、従来の函館に行くためには乗り換えをしなければなりません。トラピストに行くにも、函館から「道南いさりび線」に乗ることになっています。「いさりび線」は木古内で終点です。というのは、新幹線の駅が木古内にできて「いさりび線」に乗り換えることができるようになったのです。便利になったのか、逆に不便になったのかわかりません。

年の黙想は、司祭の義務事項で、本来なら、7日間、霊的指導者がついて、みっちりと自分を見つめ、イエスの教えを受け止め、日々、怠っていたことを認めて、告解し、気持ちを新たにして教会に帰って行くという貴重な一週間です。

司祭の少ない教区では、全員が一緒にやっています。司教様も加わって、司祭が一つになる機会になっています。東京は司祭が多いので三つのグループに分かれてやっています。6月のカルメル会(上野毛)、7月のクララ会(軽井沢)、そして8月のトラピスト会(函館)の三会場です。函館(当別)は、遠いので敬遠されがちですが、いつも7〜8人が参加します。今年は、4人で、すこし少ないメンバーになりました。予定では、常連の深水神父さんが参加希望でしたが、担当している教会でお葬式が入って欠席となりました。

1日に一回、講話があります。黙想のヒントを与えてくださいます。黙想中の生活は、朝の祈り、ミサ、朝食、昼食、晩の祈り、寝る前の祈りを、修道院大聖堂の会衆席で、修道士さんたちの祈りに加えていただく形でおこなっています。修道士さんたちは朝三時から起きて、夜八時までの間に7回、聖堂に集まってお祈っておられます。祈りの雰囲気が、客室にいる私たちにも伝わってきます。トラピストのモットーは、単純です。それは、「祈れ、働け」の言葉に尽くされています。とにかく祈りなさい。そして、心を込めて働きなさいを生きておられます。

修道院は敷地が広く、敷地の中を散歩するだけで一時間や二時間かかってしまいます。丸山という山もトラピストの敷地内です。あまり高い山ではありませんが、登って帰ると二〜三時間はかかります。緑の中を一人か二人でゆっくり歩くと、身も心も洗われた様な気持ちになります。最近は、敷地内に、クマが出没するので、少し離れたところまで歩くときは、鈴を持って行くように指示されています。クマは金属音が苦手で、それを聞くと逃げるのだそうです。

トラピストでは、トラピストバター、トラピストクッキー、バター飴を作って販売しています。私は、トラピストクッキーを買って帰ります。皆さんは、それを食べて、「サクサクして美味しいですね。それに、ほのかなバターの香りがします。」とおっしゃいます。小麦粉と牛乳とバターだけで作られているからです。函館駅でも、空港の売店でも、よく売れているようです。

さて、トラピストでの黙想のテーマは、この一年の見直しです。特に今年は、転任という大変化がありました。40年余りの司祭生活で、幾つかの教会を担当してきましたが、引っ越しと、新しい環境に馴染むために年齢(老い)を感じたのは初めてです。老いは、いい面もありますが、我を張ったり、当たり散らしたりという、人間として最低の面が時々芽を出して、ご迷惑をかけていると思います。反省すれば許されるとは思いませんが、少なくとも、気がついたら直ちにブレーキをかけるつもりですので、年に免じてご容赦ください。ピリピリ、キリキリ、怒っている老人ではなく、思いやりのある、優しい老人になってゆきたいと願っています。

さて、トラピストに話を転じます。修道院では、自給自足の方針で、広い畑に、生活に必要な野菜を作り家畜を飼っています。トマトやとうきび(トウモロコシ)は一級品です。私たち黙想者もその素晴らしい産物をいただきます。それらをいただくと、はるばる海を渡って北海道に来たなーと思います。特にトマトは、温室で作りますので、天気に左右されることなく、予定通りのものが、しっかりした茎に実っています。

残暑が続きますが、年の黙想が終わると秋に入ったなーという実感が湧いてきます。クリスマスまでの盛りだくさんの中身が詰まった二学期が始まります。

老骨に鞭を打って頑張ります。お手柔らかにお願いいたします。

図1